アルゴスシステムを用いたアオウミガメの行動圏推定
はじめに
アオウミガメの保護施策(特に保護区域)を検討・設定するにあたって、ウミガメが、どの地域をどれだけ利用しているか知ることが重要となります。この動物がどの部分をどれだけ利用するか知る方法のひとつとして行動圏推定法があげられます。動物の生息場の中で、採餌や子育てなど通常利用する場所を行動圏と呼びます。行動圏には、移動など一時的にしか利用しない部分は含めません。行動圏推定法は、観察点の外郭を行動圏とする方法や、確率密度で行動圏を推定する方法など様々な推定法があります。SEASTARでは、アルゴスシステムを用いてアオウミガメの回遊追跡調査を行っています。そこで、アルゴスシステムから得られた位置情報を利用してアオウミガメの行動圏を推定しました。
アルゴスシステムの誤差
アルゴスシステムによって得られる位置情報には、本システムの測位原理上、誤差が含まれています。位置情報には、誤差の程度によってアルゴス社からロケーションクラスといわれる誤差クラスが保証されています(表1)。
表1.各ロケーションクラスと誤差
LC3:150m以下
LC2:150〜350m
LC1:350〜1000m
LC0:1000m以上
LCA:保証されない
LCB:保証されない
海洋動物を対象とした研究では、送信機からのアップリンクは呼吸浮上時の僅かな時間に限られてしまいます。従って、得られるデータの多くが、誤差が保証されていないLCAまたはLCBになります。動物の大きな移動パターンを知るのが目的であれば、誤差の影響は大きくないのですが、移動速度や細かいスケールの移動を調べるとき、この誤差をどう捉えるかが重要となります。
本研究では、誤差が保証されないLCAとLCBが実際どれくらいの精度をもっているのか調べるために、送信機を固定点に放置したデータを利用して、各ロケーションクラスの誤差を直接計算しました。送信機によって、おそらく値は異なると考えられますが、本研究で使用した送信機は、LCAはLC1に次ぐ精度を持ち、LC0およびLCBが比較的大きな誤差を有するクラスであることが分かりました。しかも、誤差を大きくしている要因は、LC0およびLCBでは非常に大きな誤差を持った情報がある頻度で取得されることにあることが分かりました(図1)。つまり、この非常に大きな誤差を取り除けばある程度の精度をもった情報を確保できると考えられます。本研究では移動速度等から非現実的な(誤差が非常におおきい)データを取り除く作業を行いました。
表2 固定点においた送信機から得られる各ロケーションクラスの精度
行動圏の推定
行動圏の推定は、ESRI社の地理情報システム解析ソフト「ArcView 3.0」とUSGSが開発した「Animal Movement」エクステンションを利用しました。行動圏推定法は固定カーネル行動圏推定法を利用しました。
推定結果
下の図は、フーヨン島で産卵したある個体の産卵期間中の行動圏推定結果を示しています。産卵期間中アオウミガメは餌を食べずにエネルギーを節約した行動をとるといわれています。つまり、あまり産卵場から離れないことが予想されます。行動圏を見てみると、個体の行動圏(95%利用分布)は沿岸から6kmの緩衝地帯内におさまっていることが分かります。コアエリア(50%利用分布:特に利用している場所)は、産卵場であるフーヨン島から2km以内に収まっています。アルゴスシステムでデータを取得しているため、産卵上陸時にデータが得やすいことを考えると、コアエリアが小さく推定されている可能性が考えられます。しかしながら、産卵場周辺を保護区域として設定する際には、この行動圏推定結果(行動圏が沿岸より数km内におさまること)が大きな材料となることは間違いありません。今後は、GPSアルゴス等を用いて高い精度の情報で行動圏を推定することや、行動圏内でどのような行動をしているのか調べる必要があると考えられます。
図2.フーヨン島で産卵した個体の回遊追跡結果から推定したアオウミガメの行動圏
参考文献
Argos (1996) Argos Users Manual