野外活動レポート

私たちの活動は、動物に直接接するフィールドワークが中心であり、彼らが住む自然の中へ、多くの困難を乗り越えてチャレンジしています。 絶海の孤島や極寒の辺境、未踏査の極地など、国境を越えて世界に広がる研究者の活躍のリアルタイムのレポートです!

2012年の野外調査レポート

カブトガニ、2億年の謎に迫る ぁ 禅△辰討た鱟〜

2012年9月1日 報告者 渡辺 伸一(福山大学生命工学部海洋生物科学科・講師)

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写真1:ロガーを装着して笠岡湾へ放流したカブトガニのつがい

福山大学海洋動物行動学研究室では、(たぶん)世界で唯一!カブトガニのバイオロギング研究を行う。カブトガニは絶滅に瀕しているとはいえ、瀬戸内海の代表種であり、瀬戸内海といえばカブトガニである、というのは著者の偏見だろうか。そのカブトガニと生息地となる岡山県笠岡市の干潟生態系の保全を目的とした生態研究を、笠岡市立カブトガニ博物館と共同で3年前から行っている。

これまで飼育実験の結果からカブトガニの生態について徐々に明らかになってきたが、その行動を野外で調査するのは極めて困難だった。魚類などの研究で行われている従来の手法を応用し、野外調査を試みたがことごとく失敗に終わった。例えば、ポップアップタグを装着して回収を試みるが、ロガーが海底に引っかかり回収できなかった。また、超音波ピンガーを装着して長期の行動追跡を試みたが、すぐに行方がわからなくなり追跡を断念した(詳しくは、研究会会報No. 43、44、46を参照していただきたい)。このように、ほかに類似した種で、バイオロギング研究が行われていないカブトガニの研究は一筋縄ではいかない。

野外のカブトガニの行動を調査するために、つぎに考えたのが長期計測可能な深度・水温ロガーを装着するという試みだ。ロガーは、深度を3分間隔、水温を15分間隔で3年半に渡って記録し続ける。調査に用いるカブトガニは、笠岡周辺の海域で行われる漁業で混獲されたもので、カブトガニが捕獲された場合には、漁師から博物館へ、そして研究室へとすぐに連絡が入る体制を整えておいた。ロガーがカブトガニの行動を記録する3年半の間に、その個体が再び網にかかり、ロガーを回収できるのではないかという安易な考えのもと、その計画を実行した。

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写真2:尾剣の付け根にロガーとピンガーを装着したカブトガニの雌

2011年9月から10月に、合計4個体のカブトガニに上記のロガーを装着して放流した(写真1)。博物館での飼育実験で試行錯誤した結果、尾剣と呼ばれる鋭い尾の付け根に結束バンドと接着剤で取り付けるのが、カブトガニの行動を阻害せずに長期的にロガーを装着させる上でもっとも効果的な方法だった(写真2)。

カブトガニは、6月から9月の夏季に繁殖のため砂浜や干潟などの浅瀬にやってくる。カブトガニの生態に関する情報の多くは、活発に活動するこの繁殖期中のものである。一方、一年の三分の二を占めるその他の時期(非繁殖期)に、カブトガニがどこで何をしているのかはまったくの謎だった。これまでカブトガニの保全地域は、カブトガニの繁殖地である笠岡湾内のみが対象だったが、非繁殖期中をどこで過ごすかによっては、今後の保全計画を大きく見直す必要があるだろう。 ところで、野外に放流した個体が再捕獲されたという例は、実は極めて少ない。ロガーの回収の見込みがあるのか、正直なところ確信はなかった。しかし、吉報は予想より早く訪れた。

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写真3:写真2の雌カブトガニとの再会。捕獲後に死亡したため、乾燥標本にして研究室の前に展示している。

放流から6か月後の3月中に博物館からロガーを装着した個体が捕獲されたという連絡があった。底引き網で獲られたもので、漁網や漁具による損傷が激しく、残念ながら捕獲の翌日には死亡した(写真3)。さらに、放流から9カ月後にも、1個体が底引き網で捕獲された。それが写真1(バイオロギングカレンダー2012年11月に採用のもの)向かって右の雄個体だった。 いずれの個体からも無事に有効なデータを得ることができた。得られたデータからは、カブトガニの生態について興味深い知見が得られたのは言うまでもない。詳しい内容は、今後の研究論文の中で発表したいが、これまで行ってきた飼育実験での結果を支持するものであり、これまでまったく明らかでなかった本種の非繁殖期の行動について大変興味深い結果だった。 放流から一年を待たずして、4個体中2個体を再捕獲してロガーを回収することに成功した。今年もさらに多くのカブトガニが捕獲されている。残りの2個体も捕獲されることに期待し、今後もカブトガニにデータロガーを装着して野外へ放流する計画である。

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写真4:研究室オリジナル「鱟Tシャツ」

ところで、カブトガニを表す漢字一字「鱟」があるのをみなさん御存知だろうか? 「魚を学ぶ」あるいは「学ぶ魚」という意味だと私は考えている。海洋生物を学ぶ我々にぴったりの漢字ではないか。福山大学海洋動物行動学研究室では、この漢字を使ったオリジナルTシャツを作成した。いよいよ調査本番となったこの夏は、研究室一同でこのTシャツを着て、瀬戸内海のさまざまなフィールドへと繰り出すつもりである。

瀬戸内海唯一の繁殖地:山口県上関町宇和島におけるオオミズナギドリ調査

2012年7月1日 報告者 渡辺 伸一(福山大学生命工学部海洋生物科学科・講師)

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 日本列島は、大小さまざまな島々で構成されており、周囲長が100mを超える島は約7千島知られる。その中で、オオミズナギドリが繁殖する島は、わずか1%ほどに過ぎない。オオミズナギドリの繁殖地としては、伊豆諸島の御蔵島や 三陸沖の三貫島、日本海の冠島などが有名である。いずれも外海に面した位置にあり、そこで繁殖するオオミズナギドリは半径数百キロから千キロ以上の広域な採餌域を持つことが知られている。 私が研究拠点を置く瀬戸内海には、日本の11%(上記の定義で727島)の島を有している。瀬戸内海は、歴史的に人間の活動と密接な関係があるが、海鳥の繁殖地としてはあまり馴染みがない。オオミズナギドリの繁殖地も近年まで知られ ていなかったのだが、2009年に飯田知彦氏(広島県教育委員会)らの調査によって、瀬戸内海で初めて本種の繁殖が確 認された。それが山口県熊毛郡上関町の宇和島である。 宇和島は、本州の柳井半島と橋でつながる長島から、南に約6kmに位置する無人島(面積0.17km2)で、本州、四国、九州に挟まれた瀬戸内海西部の中央に位置する。この海域は、瀬戸内海東部からの海流に日本海から関門海峡を抜けて流 入した海流と、太平洋から黒潮の分岐が四国と九州の間を抜けて合流するため、潮流は速く豊富な漁場として知られる 。

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瀬戸内海西部海域に位置する山口県熊毛郡上関町宇和島

 一般に広い採餌域をもつオオミズナギドリが、瀬戸内海という閉鎖的な海域でどのような採餌を行っているのか、ま た、他の繁殖コロニーの個体との交流はあるのかなど、瀬戸内海唯一のオオミズナギドリの繁殖地である宇和島は、本種の生態を解明する上で極めて興味深い場所である。そこで、福山大学では2010年から飯田氏らと宇和島のオオミズナギドリの繁殖生態の解明を目的とした野外調査を実施することになった。私もさまざまなフィールドで調査を実施した 経験を持つが、調査がほとんど手つかずの島を対象に、動物の生態を研究するのは初めてだった。島のどこにどのくらいの数が繁殖しているのか、対象種以外にどのような動物が生息しているのか、また、野営や調査地へのアクセスなど基本的な調査体制をどう築くかなど、まったく未知の状態で調査はスタートした。実に、わくわくする経験だった。 2010年6月、福山大学調査チームは、はじめて宇和島に上陸し、繁殖状況を調査した。宇和島に限らず、定期船のない 無人島でオオミズナギドリの調査を行う上で最も問題となるのは、島へのアクセスが難しいことである。しかし、集中して調査を実施する必要がある本種の育雛期(9月から10月)は、瀬戸内海の海況が比較的安定しているため、宇和島 へのアクセスは他の調査地と比べ容易だった。本調査でも他の調査地と同様に、島へのアクセスにはこの海域をよく知る漁師さん(小浜治美氏)にご協力していただくことになる。 上陸場所は、コロニーの近くで比較的波の穏やかな湾内であるが、海底の地形を知りつくした小浜氏でなければ、上陸は難しい。宇和島は、他の多くのオオミズナギドリの繁殖地と同様に切り立った斜面で形成され、険しい様相を示す。

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山口県上関町宇和島への上陸場所

島へ上陸して、まずは島のどこに、どれだけの繁殖巣があるか、そしてその中での繁殖状況を確認する調査を行った。 私がこれまでに訪れた岩手県三貫島や京都府冠島のように高密度でオオミズナギドリが繁殖するコロニーとは異なり、 林床はノシランなどの草本植物で密に覆われており、コロニーが小さいことが推測できた。そのため巣の確認は容易で はなかったが、2シーズンに渡る調査の結果、島内のほぼすべての巣の位置を確認し、そこでの繁殖状況を継続してモ ニタリングすることができた。その結果については、今後の研究論文の中で詳しく紹介したいところであるが、「繁殖 巣が島の一部に限定しておりその数も極めて少ないこと」、「外来のネズミ類による捕食により繁殖率が極めて低いこと」、「産卵、抱卵、育雛、巣立ちにいたる繁殖スケジュールが他の繁殖地とほぼ同じであること」などが明らかになった。

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宇和島の繁殖コロニーの様子(左)と巣穴で抱卵中の親鳥(右)

無人島とはいっても、島へのアクセスが比較的容易で、キャンプ地が上陸地から比較的近いことから、宇和島での生活 にさほど不便はない。調査中、小浜氏はその海域で捕れた魚介類を使った料理を度々差し入れていただき、島での食生 活は大変充実したものだった。一人暮らしの学生にとっては、日常よりも島での食生活は充実していたそうだ。

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地元漁師の小浜氏による船上パーティー

しかし、宇和島での生活には他の調査地にはない問題点がひとつある。蚊や虻といった吸血昆虫との戦いである。この島は、瀬戸内海式気候区に属して降水量が比較的少なく、川や池といった水場がほとんどないのだが、なぜか蚊や虻が やたらと多い。その数は日本とは到底思えないほどだ。蚊の発生数の変化をみると、どうやら梅雨時に降った雨を利用 して大発生し、その後、徐々に数が減少すると、それに代わっておびただしい数の虻が姿を現すようだ。初期の調査では、その対策が万全でなく、一晩で百か所以上刺されて全身が真っ赤に腫れることもあった。キャンプ地には蚊帳を吊ってその中で休息するのだが、その中にも常に数十匹の蚊がいる。私はあまり気にせず、疲れた時には寝てしまうのだ が、学生の中には半ば狂乱しながら虫網を振り、一晩中それを採り続けていた者もいた。しかし、その後の経験を通じて、蚊への対策も徐々に講じることができ、島でのキャンプ生活は快適なものとなってきた。ちなみに、さまざまな虫対策グッツを試したのだが、最も効果的だったのは、蚊に対しては蚊帳と蚊取り線香、虻に対しては蠅叩き、という伝 統の品々だった。

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蚊帳の中で蚊を採り続ける学生(左)と一晩経って血で赤黒く染まった虫網(右)

福山大学では、これまでに国立極地研究所、名古屋大学、北海道大学と共同で、バイオロギング手法をもちいて、本種の育雛期の採餌行動と海洋環境との関係や越冬地への渡りと非繁殖期の行動などさまざまなテーマに取り組んできた。 今年で3年目に入り、調査体制も整い、さらに外来の捕食者であるネズミの駆除活動などを実施した結果、オオミズナ ギドリの繁殖率も改善されてきた。今後も、さらなる共同研究者を迎え、他の調査地と同様に本種の重要な調査地の一 つとなることを願っている。蚊や虻をものともしないタフな共同研究者のみなさまを、是非ともお待ちしております。  

2011年の野外調査レポート

ハワイサメ調査

2011年12月11日 報告者 中村乙水(東大大気海洋研)

 「A big tiger!」延縄を引き上げていたジェームズが叫んだ。どこまでも青い海の中から、白く光る大きな影がゆっくりと上がってくるのが見える。4mほどのイタチザメだ。イタチザメは英名Tiger sharkといい、虎のような縞模様が特徴のサメだ。ホホジロザメについでシャークアタックを引き起こしているという獰猛なやつである。次の瞬間、巨大な尾鰭が海面上に打ち振られ、小さなボートの上にいた我々5人はズブ濡れになった。

 10月某日、少し肌寒くなりだした日本を飛び出し、私は常夏の島ハワイに降り立った。ハワイ大学のサメ研究チームとのコラボレーションとして2008年から続いているサメのロガー調査のためだ。メンバーには、ハワイ大学海洋生物学研究所のカールとその学生のメラニー、ジェームズ、マーク、そして日本からは私が参加した。前回2009年の持っていった全てのロガーを海の藻屑にするという散々たる結果を鑑みて、ロガー捜索用にVHF発信器の他、小型のアルゴス発信器を使うという万全の体制で向かった。次の日から早速調査が始まるため、着いたその日から慌ただしく準備が始まった。ラボに貼ってある過去に行われたサメの音響追跡の結果のポスター。それを見るとサメは放流してからわずか2日で隣の島まで行ってしまっている。今回の目標は1週間を超える長期データの取得であり、サメは一目散にどっかいってしまってロガーを回収できないんじゃと不安になった。

 サメを捕まえる方法は単純である。釣ればいいのである。小さなボートで沖に出て、ワイヤーに繋がれた掌くらいもあるどでかい釣り針に巨大なマグロのカマを掛けて次々と海に放り込んでいく。こうして5時間ほど放っておくと腹を空かせたサメがやってきて捕まるという寸法である。カールに、港でたむろしているこれから泳ぎに行くであろう日本人観光客達に向かって「そこでサメ捕まえてるんすよ」と説明してみてよと言われたがやめておいた。

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図1.サメ用の釣り針

 延縄を引き上げてみると、人の手ではびくともしないような釣り針が引き伸ばされていたり、太いラインが切られていたりすることも少なくない。サメのパワーの凄まじさを思い知らされる。そんなサメも、達人たちの手にかかり尻尾にロープを掛けられボートに横付けになってお腹を上に向けられてしまえばピクリとも暴れなくなる。見事な連携プレーだ。私はというと、大きく揺れるボートの上で初めて触る巨大なイタチザメにおっかなびっくりしながらも、なんとか背鰭にロガーを取り付けることができた。そうして次々と捕れた5匹のサメにロガーを装着して放流、後は時間になって切り離されて浮かんでくるのを待つだけだ。遠くには行かないでくれよと祈るような気持ちで青い海の中に泳ぎ去っていくサメ達を見送った。

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図2.背鰭にロガーを装着

 しかし、どうしたことか放流した次の日にもうアルゴス発信器から位置が送られてくるという現象が起こった。最初はサメが海面まで上がってきて位置が送られてきたのかと考えたが、精度のクラスが高いのでどうもそうではないらしい。そして次の日、今度はカールの元に電話がかかってきた。脱落して浮いたロガーが浜に流れ着き、それを拾った親切な方が連絡してくれたらしい。必ず書いてはいたもののオマジナイ程度にしか思っていなかった連絡先がまさか役に立つ日が来るとは。結局、次々と全部のロガーが切り離し前に脱落して浮いてしまったが、1つを除いてなんとか回収することができた。原因はロガーを固定するケーブルタイがはまる溝が浅くてすっぽ抜けてしまったのかと考え、溝を深くして再挑戦することになった。  しかし、それからしばらく海は大荒れ、島でも風が吹き荒れ時折豪雨が降っては虹が出るということが繰り返されて、サメを釣りに行くことができなかった。ようやく天候が回復して船が出せるようになったのは2週間後、つまりロガーが予定時間通りに浮かんでいたら回収できなかったかと思うと、早々に全部脱落したのは結果オーライとも言える。そしてサメ釣りを再開し、今度は脱落しませんようにと4匹のサメにロガーを装着して放流した。

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図3.泳ぎ去るイタチザメ

 しかし2日後、またもやアルゴス発信器からの位置情報が入ってきた。改良も虚しくまたまた脱落してしまったらしい。回収したロガーを見てみるとまだケーブルタイが残っており、サメに触れていた部分でちぎれてしまっていた。おそらくサメの尻尾の振りに合わせて左右に交互に力がかかることで、ヤスリのようなサメ肌と擦れて切れてしまうのだろう。これまで長期間装着はやったことがなかったので気づかなかったが、これは要改善ポイントである。1つを除いて全部のロガーがまたもや途中で脱落してしまった。  読み返すと「しかし」が繰り返されているように、今回の調査は想定していなかった事態に振り回されっぱなしだった。しかし、全部で8個体から計400時間を越えるデータを回収できたので成果は上々である。事態の収拾はほとんどが運任せだったが、信じられないほどの強運が味方してくれた。ところで今回、1ヶ月の長期滞在ということで日本を発つ前に歯の悪いところを全部治してから行ったわけだが、今までなんともなかった親知らずが突然腫れるという非常事態に見舞われた。なんとか数日耐えたが何も食べられないくらいまで悪化し、ついに耐え切れなくなって歯医者に行った。何がなんでも抜くという歯医者(腫れていないやつまで抜きたがり保険効かないけど1000ドルでやってあげるよとかのたまう)に抜かなくて良いから腫れを抑えてくれと主張し、なんとか事無きを得た。この最悪の出来事が度重なる強運の裏返しかと思うとなんだかやるせない。皆さんも海外に行く際にはご注意を。

オオミズナギドリ実験報告 〜岩手県船越大島〜

2011年11月14日 報告者 塩見こずえ(東大大気海洋研)

 2011年8月下旬から9月中旬にかけて、岩手県の船越大島(別称:タブの大島, 地図参照)でオオミズナギドリ調査を行いました。岩手県でのオオミズナギドリ調査は2004年に三貫島(地図参照)で始まり、2009年からは新たに船越大島の繁殖地も実験フィールドとして開拓されました。どちらの島へ行くときも、漁港から地元の漁師さんの船に乗せてもらいます(写真1)。

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   ↑調査地の位置


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   写真1:島に向かう船の上。前方にあるのが船越大島。このあたりから少し緊張し始める。

 育雛中のオオミズナギドリは、海での餌獲りと、島で待つ雛への給餌を繰り返します。このような繁殖個体に各種データロガーを装着し、採餌トリップ中の行動データを取得するという実験が毎年行われてきました。今年もGPSロガー、加速度ロガー、ビデオロガーを用いて同様の実験を実施したのですが、ここでは今年初めて行った実験について報告したいと思います。ちなみに、船越大島にあるオオミズナギドリの繁殖地には津波が到達した形跡もなく(写真2)、島で見ている限りはなんの問題もなく繁殖活動に勤しんでいるようでした。ヒナもすくすくと育っていたようです(写真3)。

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   写真2:調査コロニー。ところどころに立っている緑ポールの根元に巣穴がある。

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   写真3:オオミズナギドリのヒナ。島生活での癒し担当。

 これまでに取得されたGPSロガーデータから、三貫島や船越大島の繁殖個体は時に北海道沖の海域まで餌獲りに出かけることがわかっています。私たちの目標のひとつは、島から数百kmも離れた場所から彼らが迷わず繁殖地へ戻ってくるナビゲーションメカニズムを解明することです。そのためのステップとして、GPSロガーを装着したオオミズナギドリを淡青丸(学術研究船, 全長51 m)に載せて沖に運び、島から約130 km離れた地点から放鳥するという実験を計画しました。シンプルながら、とても贅沢な実験だと思います。昨年は研究室メンバーの力を借りて、車で島から約130 km離れた沿岸まで運んで放鳥しました。その実験では全個体(10羽)からロガーを回収できたので、次は陸がまったく見えない海の上からやってみようというわけです。

 私が島から15羽のオオミズナギドリとともに船に乗り込むと(写真4)、船員さんからは「寝込みを襲って連れてきたのか」「こんなかわいい顔してるのに(鳥のことです)、ちゃんと島に帰れるの?」などと言われましたが、なにぶん初めての試みなので、「え…たぶん大丈夫だと思います。こいつら結構すごいし…。」としか答えられませんでした。いざ、海と空以外なにも見えない場所で鳥箱を開けたときには、ほんとに大丈夫なんだろか?と私もかなり不安になりました(写真5)。

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   写真4:船に積まれたオオミズナギドリ。茶色い鳥箱に1羽ずつ入っている。

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   写真5-1:いよいよ放鳥。島での再会を願いつつ。

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   写真5-2:飛び立つ決意をした様子。背中にGPSロガーが付いている。

 船から降りた後は島で放鳥個体の帰りを待ち、合計14羽からロガーを回収できました。データを一見すると、なにやら私たちの予想とは違った経路をたどって島へ帰っていたようです。意外にも、GPSロガーの登場後でさえ、海鳥の放鳥実験はあまり多くは行われていません(いまのところ)。いつか「新しい発見」コーナーにおもしろい結果を報告できるようにがんばります。

 私事になりますが、船越大島での調査が始まった2009年は、私が岩手県大槌町に移り住み、オオミズナギドリデビューをした年でもあります。調査地の立ち上げから関わってきたためか、船越大島とそこにいるオオミズナギドリにはなんとなく特別な愛着のようなものを感じています(ロガーつけたり連れ去ったりしてますが)。なので、2011年3月にあのような震災があったにも関わらず、今年もこの島で例年以上に充実した調査を実施できたのは、本当に嬉しいことでした。ご自身が大変な状況のなかで快くご協力くださった地元の漁師さん、調査を実現するための環境を整えてくださった佐藤克文先生、そして共に調査に参加してくださった共同研究者の皆様に心より感謝致します。


Año Nuevo州立公園にてキタゾウアザラシ調査(換毛期)

2011年7月19日 報告者 安達大輝(総研大)

 「あと残り9頭」
 信号待ちの間に欠伸を飲み込みつつ大学院生のChandraが呟いた。確か、昨日は「残り10頭」と呟いていた。車のデジタル時計は午前5時25分を指している。
 「今日も良い天気になりそう」と彼女の隣で、半ば独り言のように私は呟いた。
 助手席の窓から空を仰ぐと、まだ月の残る空には幾筋の雲が漂っていた。確かに雨は降りそうにないが、晴天となる気配もない。ただお互い眠い中、これといって話すこともなく、気がつけばとりあえず天気の話をしていた。
 「でも今日以降の天気はどうか分からないよ」
 いつもは「そうだね」と心なしに返すChandraだがその日の彼女の返答は違った。もちろん明日も同様に5時前には起床し、 Año Nuevoへ向かう。明日の車の中で彼女が「あと7頭」という姿が目に浮かんだ。今日はいつもの倍の人数でフィールドに向かい、2頭同時に作業を行う予定である。

 でも今日以降の天気はどうか分からないよ―
 いたずらな顔でそう答えたChandraの言葉を頭の中でもう一度反芻した。
 確かにそうかもしれない。昨年買ったばかりの白い腕時計に表示される日付を見ながら心の中で彼女に賛成した。それと同時に、これから天気が崩れるかもしれない、という思いが少し頭を過った。

 カリフォルニア大学サンタクルーズ校のLong Marine Laboratoryは岸壁の上に位置している。双眼鏡を覗けば、海面に浮かぶラッコやゼニガタアザラシを見ることもできる。私は2月に来た際、散歩中に崖上から初めて野生のラッコ、しかも親子、を見て一人興奮した。

 Long Marine Laboratoryで荷物と共に、総勢10人、車2台で30分程走ればAño Nuevoに着く。フィールドがこんなに近くにあり、シーズン中は実に大変ではあろうが、それ以上に研究するには素晴らしい環境である。

 ビーチに到着するには駐車場からほんの数分、荷物を担いで歩けばいい。ビーチに到着すると独特な香りが鼻を劈く。換毛のこの時期は繁殖時期と異なり、ビーチに打ち上がった大量の海藻の匂いが相まって、幾分円やかな香りがビーチ一帯に漂っている。と言えば少しは聞こえがいいかもしれないが、個人的には御世辞にも“良い”香りとは言えない。これは海獣特優の臭いなのか、ゾウアザラシ特優のものなのか。海獣の中でキタゾウアザラシのフィールド以外行ったことのない私に答えは分からない。しかし、Sanford Mossの著書 “南極の自然誌(原題:Natural History of Antarctic Peninsula)”ではミナミゾウアザラシの匂いが以下のように描写されている;

“耐えがたい悪臭―この臭いは、オレンジがかった茶色の糞と湯気を立てて吐き出される息から漂ってくる。かれらは、ねばねばした泡だらけの口をあけてゲップするのだ (青柳昌宏訳)”

 その後も数行に渡り文章が続くが、さらに酷い言葉の羅列のため、ここまでにしておく。しかし、子供の頃は他のアザラシのように愛らしい表情を見せることもあるし、雄同士の衝突は、双方の年齢が若くともかなり迫力がある。

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   眠っているキタゾウアザラシの子供

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   若い雄同士のぶつかり合い

 「読めた?」
 「・・・読めない」
 ビーチで良く耳にするやり取りである。
 双眼鏡を覗いて親指大ほどのフリッパータグに黒色で印字された個体IDを読み取るのだが、緑色のタグの大部分には砂が覆いかぶさり、IDを読みとることができない。アザラシ達の威嚇に気を取られながらも、なんとかして、タグの砂を払い落しても、黒の印字が擦れており目を線のように細めても読めないことが多々ある。

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   大口開けて威嚇してくるキタゾウアザラシ♀

 「彼女はだめだ」
 これもまたビーチでよく耳にする言葉である。
 「まだ、若すぎるよ」
 ようやく読み取った個体IDをリストと照らし併せるが、なかなか適した個体が見つからない。装着可能とリストが示していても、個体を見ると体毛が短すぎ、装着を諦めることも度々である。ようやくロガー装着に適した2頭のメスを見つけた頃には、ビーチに到着してからかなりの時間が経っていた。

 そこから2チームに分かれ、それぞれが一連の作業をこなしていく。
 まずはその他の多くの個体を両サイドに追いやり、目標の個体を集団から孤立させる。次に麻酔を満たした注射針を腰辺りの筋肉に指す。私は少し離れたところで3人と1頭を見つめ、記録を取っていたが、この過程が最も緊張する瞬間である。

 2人が目標の個体の注意を引く。一人は片手をアザラシの目の前に差出し、もう一人は被っていた紫色のキャップを手にアザラシの注意を集めている。そうしている間に今季のフィールドリーダーであるPatrickが後ろからゆっくりと、しかし確実に近づいていく。仲間内から’sneaker’と称されるだけあって、アザラシは彼に気付いていないようである。そして、数メートル程の間合いを素早く一気に詰め、腰に一刺し。直後、巨体が海老反りし、注射針持つ相手に噛みつこうとするが、相手はかなりのベテランである。Patrickのその身をかわし方には落ち着きさえも見られた。幾度か、あの太い注射針がへの字に曲がった様子を見たことがあるが、Patrickが持つ注射針だけはいつも真っすぐなのが印象に残っている。

 先程の筋肉への麻酔が効き始めたところで、血管にも麻酔を注射する。そして、より一層おとなしくなったアザラシの周りで各々が所定の過程を滞りなく踏んでいく。

 雲行きが怪しくなってきた頃には、作業も終盤に差し掛かっていた。瞬きができないせいなのかもしれない。この頃になるとアザラシのその大きな目には涙が浮かんでいた。
 日本から持ってきたLittle Leonardo社製のKamiKami?計とStroke計を準備し、ポケットの中の温もりで幾分柔らかくなったエポキシを紙コップに出した。KamiKami?計は採餌に関係のある特定の顎の動きを記録することができ、Stroke計はその名の通りアザラシのストローク数を計測することができる優れものである。

 Stroke計等の装着も終え、アザラシを横向きに倒した後、木べらでアザラシの下顎にエポキシを塗り、そこにKamiKami?計を装着した。回遊の途中で外れないように、用心深く装着していく。まだ慣れていないのか、装着が完了したころには毎度のように、私の手はエポキシでベトベトになっていた。

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   キタゾウアザラシ♀の下顎に装着したKamiKami?

 雨が降り出したのは、最後の作業である体重計測を終えた丁度その頃である。先程、100m程離れた場所で作業をしているもうひとチームのメンバーが体重を計測する機器類を取りに来たことを考えると、両チームともエポキシはすでに固まっていると思われる。そのため、この雨がロガーの装着に問題をもたらすことはないだろうが、私には少し思うところがあり腕時計を眺めた。午前9時30分を過ぎたところだった。
 「Naito’s effect!!」
 手のひらに雨粒を受け取りながらChandraが隣で叫んだ。残りのメンバーの顔にも彼女同様の笑みが浮かんでいる。
 その日、6月1日は内藤先生がカリフォルニアに到着する日であった。現地到着予定時刻は午前10時。2011年2月に同フィールドでご一緒させていただいた際も天気は芳しくなく、現地のメンバーから雨男の称号を贈られていた。2月に内藤先生が帰国した後、フィールドに出た時は好天続きだったことを良く覚えている。

“俺が、仕事をするといつも降るんだ”

 伊坂幸太郎の小説の一節に、そう寂しげに語る主人公が描かれているが、現地にて物語特有のご都合主義を垣間見た気がした。

 「Naito’s effect!!!」
 先程よりもさらに強くなった雨に打たれながら、Chandraがもう一度そう叫んだ。彼女の表情は、全く明日以降の'Naito’s effect'を気にしていなかった。むしろ、いたずらに笑う彼女の横顔からは、嬉しさが滲み出ているように私には感じられた。


亜南極でキングペンギン調査

2011年6月15日 報告者 塩見こずえ(東大大気海洋研)

 2011年1月〜3月、キングペンギンの潜水行動調査を行うため、亜南極クロゼ諸島ポゼッション島(仏領)に滞在しました。ポゼッション島には観測基地があり、今回は計37名が夏隊として共同生活を送りました。おはようのキスと毎食のチーズが印象深かったです。

 基地から20分ほど歩いた浜辺には、約20,000ペアのキングペンギンが繁殖するコロニーがあります(写真1)。最初に島へ上陸するときは、大型船からゴムボートに乗り移り、このコロニーのど真ん中にある桟橋に降り立ったのですが、ボートが島に近づくにつれなんとも言えない匂いが漂ってきて、「あ、ペンギン臭が…」と思った途端、浜辺にずらりと並んだペンギンたちが眼前に迫ってくるのです。その迫力を伝える表現力を持ち合わせていないのが残念ですが、とにかくぐっとくる光景でした。ちなみに今回の調査中、私の「これまでの人生で観たもっとも美しい光景」は5回くらい更新されました。


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   写真1:キングペンギンのコロニー。うじゃうじゃいる。


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   写真2:島に向かうゴムボート。奥に見えるのが島まで乗ってきた大型船。


 この場所で私は、キングペンギン研究のベテランであるYves Handrich氏(潜水生理)およびCharles-Andre Bost氏(採餌生態)率いる調査グループに混ぜてもらい、ロガー実験を行いました。繁殖期のキングペンギンは、島から数百kmも離れた海域まで餌を獲りにいくことが知られています。こうしたトリップ中の三次元潜水経路データを取得することが、今回の旅の目的です。

 潜水経路ロガー(W1000-3MPD3GT, Little Leonardo社製)をエンペラーペンギン以外のペンギンに付けるのは初めての試みでしたが、思い切って、持ち込んだ5台のロガー全てを一気に装着しました。からっぽになったロガーケースを見ていると、ぞわぞわと落ち着かない気分になったことが思い出されます。あとはひたすら帰りを待ってコロニーの見回りを続ける日々でした。うじゃうじゃのコロニーで双眼鏡をぶらさげてロガーペンギンを探していると、巨大版「ウォーリーを探せ」をやっている気分になります(フランスでは「ウォーリー」じゃなく「チャーリー」らしい)。


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   写真3:調査地周辺。各種設備が整っており、トイレ以外はなんでもある。


 ところがウォーリー達はなかなか帰らず、そのうち「ロガー個体がやっと戻ってきたよ!!…って、背中にロガーが付いてないよ……」という夢を何度も見るようになりました。そんな調子だったので、ようやく1羽目のロガーペンギンが帰ってきたときには大喜びで先生に報告メールを送ったのですが、すぐさま「データを無事ダウンロードするまでは喜ばないほうがよい」とのお返事。ごもっともです。回収直後に今夜のビールのことを考えてしまったことを反省しました。なんやかんやで最終的には計8羽からデータを取得し、ロガーケースに無事5台ともおさめて帰国することができました。色んな動物に出会ってきゃっきゃしたり、ロガーペンギンが帰らずどんよりしたり、通常の10倍くらい感情の波が激しい3ヶ月だったと思います。


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   写真4:こういうヒナを見かけると、いつまでも親のスネをかじっている自分を見ているような気分になった。


スバールバル諸島でホッキョクグマ調査

2011年5月25日 報告者 渡辺佑基(国立極地研究所)

我々5人を乗せたヘリはノルウェー沿岸警備船の甲板からバリバリと離陸した。300mまで高度を上げれば、眼下に広がるのはスバールバルの真っ白な氷海とそれに張り出す真っ白な山脈。思わず息をのむ美しさだ。

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氷海の上には真綿のような新雪が積もっているので、点々と続く動物の足跡は上空から容易に見つけることができる。そうしてそれを辿るように飛べば、やがてのしのしと雪原を闊歩する白い野獣が現れる。

ヘリは狙いを定めて少しずつ高度を下げていく。獣はそれに気付くと走って逃げようとするが、ヘリは正確に標準を定めて外さない。窓側に座るノルウェー極地研究所のマグナスは、麻酔銃を片手にゆっくりとドアを開ける。マイナス20度の凍てつく風が機内に吹き込んでくる。高度はわずか十メートルほど。私も体を乗り出してドアの外を見ると、すぐ足もとを真っ白な野獣が巨体を揺らし、雪煙を蹴立てて駆けていた。

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いつ引き金が引かれたのかはわからない。ヘリの中ではノイズキャンセリングのヘッドセットをしており、音がほとんど聞こえないからである。しかし、マグナスがそっと銃を納めてドアを閉めると同時にうっすらと火薬臭が機内に漂いだすから、ああ今撃ったのだ、とわかる。

麻酔が効き、動かなくなったことを上空で確認してから氷海に着陸する。駆け寄ると白い野獣は目を閉じて静かに眠っていた。顔だけを見ると愛らしいのだが、口の中を覗くと悪魔のような牙が並んでおり、丸太のような前足は確かにアザラシをも叩き殺す鈍器だった。

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体長や頭骨の幅などの外部形態を計測し、血液を採取した後、人工衛星を通して位置情報を送り続ける首輪をとりつけた。首輪には、私が持ち込んだ加速度データロガーが組み込んである。いいデータがとれることを願いながら新雪を踏みしめてヘリに戻った。

 

後記。調査が終了してから約一か月が経過した5月25日現在、加速度ロガーを取り付けたホッキョクグマ4頭のうち1頭が再捕獲され、ロガーが返ってきました。世界初のホッキョクグマ加速度データです! スバールバル諸島のホッキョクグマは定住性が高く、またノルウェーのチームが定期的に捕獲していますので、残りの3頭もここ1〜2年のうちに再捕獲されるだろうと期待しています。

ベトナム牛海老紀行

2011年5月11日 報告者 渡辺伸一(福山大学 生命工学部 海洋生物科学科)

 みなさんは、ウシエビ(牛海老)をご存じだろうか?この動物は、和名よりも英名の方が馴染み深い。スーパーで冷凍エビとして売られているブラックタイガーといえば、誰もが知っているのではないだろうか。虎のような黒と黄色い縞斑紋がその名の由来である。和名の由来は、その大きさである。クルマエビの代替品として食されているためか、食用とされているものは未成熟の50g以下のものであるが、成体は最大で全長300mm、体重500gを超える。クルマエビ科の中では、最大級の大きさであり、それ故にウシエビという名がついた。

 ウシエビは、食用として東南アジアを中心に広く養殖が行われてきたが、近年、ウィルスの蔓延に伴って、生産量が減少傾向にある。ウィルス感染の予防対策として、さまざまな研究が行われているが、ベトナムに養殖場を持つ、アジア熱帯養殖研究所(Aquaculture Station for Asia, Co. Ltd)は、ユニークな方法に目をつけた。アジア熱帯養殖研究所は、廃棄物のリサイクルや水処理の技術をもつ株式会社テツゲンの関連企業で、ベトナムで独自の水処理技術を利用したエビ養殖技術の開発を行っている。 ウィルス感染の予防対策として、その種苗を安全に生産する必要がある。そのためには、ウィルスに感染していない親エビを安定して供給する技術が望まれるが、現在、親エビの供給は野生個体の捕獲に頼っているという。上記研究所の小菅丈治博士は、親エビの完全養殖に向けて、まず、養殖池で飼育中のウシエビの行動や生態を知る必要があると考えた。親エビがどのような環境や餌を好むのか、どのくらいの範囲をいつ活動するのか、そのような行動データは、エビを性成熟まで適切に飼育する上で重要な情報となる。しかし、養殖エビとはいっても、池の中での行動はまったく謎に包まれているそうである。ちなみに小菅氏は、沖縄県で甲殻類の生態を研究していた琉球大学の先輩であり、そのようなわけで、わたしのところへ共同研究の依頼が来た。

 その話を聞いて、それだけ大きいエビであれば、バイオロギングによって直接エビの行動を調査できるのではないかと考えた。動物の動きを詳細に記録することのできる加速度データロガーをエビに装着することができれば、夜行性なのか、池底を這うように動いて餌を食べているのか、あるいは遊泳して水面付近を動きまわるのか、基礎的な行動データが得ることができる。こうした情報は、親エビ養殖へ向けて適切なサイズや形状の池を設計する上で重要な情報になるに違いない。しかし、エビの仲間にロガーを装着したという例は聞いたことがない。カブトガニ(甲殻類ではないが)の研究などをはじめたところなので、そのノウハウが生かされるのではないか、また、もともとネコ科の研究をしていたわたしにとっては、ブラックタイガー(黒虎)に関係がないわけでもない(?)と思い、二つ返事で引き受けることにした。とはいえ、ベトナムは遠い。週に4、5日講義や実習のある身には、なかなか調査のために海外へ渡航する時間がない。まずは、小菅氏と連絡を取りながら、ウシエビの行動研究の準備をはじめることになった。

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   (写真) ダミーロガーを装着したウシエビの成体

 日本から接着剤などのロガー装着用資材をベトナムへ送付し、試行錯誤の末に最小の加速度データロガー(ORI400-D3GT、リトルレオナルド社)と同サイズ(45mm)のダミーロガーをウシエビに装着する手法を考案した。成体のウシエビ(全長280mm)にダミーロガーを装着した写真を見たときには、その大きさに圧倒された(写真参照)。ロガーが、小さく見える!これならバイオロギングによる行動計測が期待できる。ダミーロガーを装着後の観察では、エビの行動を阻害する様子はなく、水槽内を自由に動いていたそうである。つぎは、いよいよ本物のロガーの装着である。現地調査は、わたしが長期滞在可能なゴールデンウィーク中に行うことになった。

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   (写真) エビ養殖研究所周辺の風景

 東京発ホーチミン着の飛行機が着くのは、現地時間の午後10時過ぎだった。もう夜だというのに、なんとも蒸し暑い。長らく味わったことのなかった熱帯の空気である。調査地であるアジア熱帯養殖研究所の養殖場までは、翌日、さらに飛行機と車を乗り継いで4時間の道程である。ホーチミン市内では、人の多さに圧倒されたが、養殖場の周辺はなんとものどかな雰囲気である。高温多湿だったホーチミンとは、気候もずいぶんと異なり、乾燥が激しい。乾燥に強いサボテンの仲間などが生えており、ベトナムというより、メキシコのような風景である。

 その乾燥地帯の中に、養殖場はあった。ここでは、ウシエビのほかにバナメイエビの養殖に関する研究が行われている。早速、ウシエビにロガーを装着と思ったのだが、肝心の大型個体が手元にないという。大型個体は、養殖池の中にいるというので、実験に使用する個体を捕獲することになった。

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   (写真) 調査を行ったエビ養殖池(左)と捕獲用の罠を設置する小菅氏(右)

 大型個体がいるという養殖池に案内されてその大きさに驚いた。周囲400m、50mプール2個ほどの大きさである。その中に大型個体は20尾ほどしかいないという。なるほど、養殖しているエビといっても、その池の中の生活はまったくわからないはずである。研究所の小菅氏は、これから罠を置いてエビを捕獲するという。実にのんびりとして、なんともベトナム的(?)である。まあ、焦っても仕方ないので、罠を置いて待つことにした。そして、一晩待ってみたのだが、肝心の大型エビはおろか、罠の中には小エビ一尾入っていなかった。内心焦ってきたわたしは、たも網を持って池に入り、エビを捕獲することにした。何度か大型個体を目にしたのだが、動きについていくことができず、捕獲は叶わなかった。池で泥まみれになっているわれわれの側を、ベトナム人の職員が通り掛かる。小菅氏とベトナム語で何やら会話を交わし、大型個体は捕獲して水槽に入れてあるという。現地語でのコミュニケーションはなかなか難しい。まあ、実験に必要な個体が手に入ったのだからよしとしよう。

 水槽には、成体ではないが比較的大型でロガーの装着が見込まれる6個体がいた。しかし、あの素早いエビをどうやって捕獲したのか不思議であった。その後も、彼らとのコミュニケーションは難しいことが多かったが、その身体能力の高さには何度も助けられることになった。まず、6個体の中で大型の2個体を選び、ロガーを装着して水槽で観察することにした。ロガーは、準備実験のおかげで難なく装着することができた。2個体を水槽に放して、観察を行ったところ、行動を阻害する様子はない。この水槽での観察は、後に加速度データと比較する際の基礎データを得る目的でもある。遊泳、歩行、休息、摂餌など、エビの基本的な行動とその間の加速度データを記録することができれば、池の中での行動を加速度データから推測することができる。

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   (写真) 加速度データロガーを装着したウシエビ(左)と浮きによる個体追跡(右)

 その日の夕方、それら2個体を捕獲した養殖池に放尾した。ロガーには、糸と釣りで使う浮きが付けてあり、水面上の浮きを追うことで、エビの個体追跡と後のロガーの回収を行うという計画である。翌日、放したエビの位置を確認することができたが、浮きにつけた糸が短かったらしく、エビが深みに移動すると、浮きが沈んで見つけづらいことがわかった。つぎに、同様なスケジュールで2個体を放尾したが、浮きにつける糸を10cm長くすることにした。その結果、浮きの発見を容易に行うことができるようになった。サイズの大きい順に実験にもちいたため、さらに小さい2個体が残った。しかし、4個体への装着の経験から、接着面を小さく、さらに短時間で装着する技術をわたしは体得していた。残りの2個体へも、無事、ロガーを装着して池へ放尾し、計6個体の個体追跡とロガーによる行動記録を行った。風により波立つ水面にわずかに浮かぶ浮きを探し出し、さらにその形や色で個体番号を識別することは困難な作業だった。ここでも、驚くべき視力をもつベトナム人職員の協力により、すべてのエビを追尾し、計画通りに無事ロガーを回収することができた。

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   (写真) ベトナム人職員によるエビの捕獲作業(左)と個体追跡調査(右)

 計6日間の現地調査によって、6個体の行動記録を行うことができた。この結果をもとに、養殖場内におけるエビの知られざる生活を明らかにしていきたい。当初は、のんびりしたベトナムのペースに心配していたが、結果として、これ以上ないほどスムーズに調査を終えることができた。小菅氏をはじめ、アジア熱帯養殖研究所の職員のみなさまに感謝したい。

 滞在中に、養殖エビの出荷作業に立ち会うことができた。この研究所は、養殖技術の開発とともにエビの生産と販売も行っている。収獲時に直接業者へ販売し、現地の人々の食卓に上るほか、日本の大手スーパーでも高級ブランドとして販売されているそうである。現地滞在中は、この養殖場で獲れたウシエビを存分に味わったのは言うまでもない。

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   (写真) 養殖エビの収獲作業

2010年の野外調査レポート

キタオットセイ捕獲調査

2010年11月5日 報告者 三谷曜子(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)

 2011年2月,冬の日本海とは思えない暖かく晴れ渡った海の上で,我々はキタオットセイを追いかけていた.捕まえて,衛星発信器を装着するためである.キタオットセイは極東ロシアの島で夏に繁殖し,冬に餌を食べるために日本の周辺海域へと南下回遊してくる.彼らの主要な摂餌場は三陸沖だが,近年になって,北海道の日本海沿岸で,イカやホッケなどを網から奪っていく様子が確認されており,漁業との軋轢が深刻化しているのだ.しかし,三陸沖におけるキタオットセイの生態については,多くの研究が蓄積されてきたが,これまであまり来遊していなかった日本海側では,キタオットセイがいったいどこからやってくるのかなど,まったく情報がなかった.それならば,換毛期後の11月にロシアの繁殖地で捕まえて,衛星発信器を装着し,日本海に来ることを確かめてみよう,と考えたのだが,2010年6月にロシアのスパイがアメリカで検挙されたちょうどそのとき,コマンダー諸島で調査をしていた我々の共同研究者であるRussel Andrews教授(Alaska SeaLife? Center, USA)が,ロシアの連邦保安庁(FSB,つまり旧KGB)に拘束され,スパイの道具として衛星発信器を没収されてしまうという事件が起こってしまった.FSBは,なぜアメリカが他国の,お金にもならないトドやオットセイのために,数十万ドルもかけるのかを理解できない様子だったが,研究者達が上陸場でトドやオットセイの糞まで集めて生態を研究していることを知り,「純粋に研究をしている無害なアメリカ人」と判断し,Russは無事に釈放された.しかし,衛星発信器は没収されたままであり,今後の調査ができるかどうかは未定となってしまった.

 プランB,ということで,我々は日本でオットセイを捕獲することにしたのだが,日本には彼らの上陸場がない.彼らは半球睡眠(左右の脳を半分ずつ休ませることができる)というすごい能力を持っているほか,乱獲の元となった質の良い毛皮を持っており,回遊中には上陸することなく,海の上でずっと過ごすことができるのである.つまり,日本でキタオットセイに記録計を装着するためには,海上で捕獲しなければならない.陸上での捕獲に比べると,かなり難しいのだが,この手法は,遠洋水産研究所の馬場博士,清田博士,米崎博士らによってすでに確立されており,今回もその方法を参考にさせていただいた.その手法とは,昼間に眠っているオットセイの群れから少し離れたところに流し網を流し,小回りのきく小舟でオットセイをしかけた流し網に追い込んで捕獲する,というものである.

 今回,我々は,北海道大学練習船おしょろ丸(72.8m,1396t)で奥尻島の北東へと行き,そこでキタオットセイの群れを見つけて,流し網5反を投入した.しかし,今回は小回りのきく小舟を調達することができなかったため,おしょろ丸で,可能な限り近づき,追い込むという方法をとった.結果はというと,オットセイはゆっくりと近づくおしょろ丸をちょっと避けては,また休み,ちょっと泳いではまた休み,網と船首の間を悠々と泳いでいってしまった.しかも,網を引き上げる際に船に寄って来て,網に仕掛けておいたイカを食べていったのだった・・・.惨敗である.  しかし,「小回りのきく船さえあれば,必ず追い込んで捕獲できる!」という確信を持つことができたので,次回は漁協などに協力を依頼する予定である.次回の報告では,オットセイ捕獲に成功した話を掲載できる!・・・はず.

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(写真)悠々と逃げるキタオットセイたち

モートン湾のジュゴン捕獲

2010年11月5日 報告者 市川光太郎 (総合地球環境学研究所)

 オーストラリアの東端、モートン島とノース・ストラドブローク島に囲まれた幅30km長さ50kmほどのモートン湾にはおよそ1000頭のジュゴンが生息している。University of QueenslandのJanet Lanyon博士らの研究グループは17年前からこの海域において野生のジュゴンを捕獲する手法を確立し、様々な情報を収集してきた。Lanyon博士が確立したジュゴンの捕獲方法は、泳いでいるジュゴンにゾディアック船で接近し、4人がかりで飛び込んで捕まえるというものだ。ジュゴンの追跡を開始し、2回呼吸するまで追いかけまわし、ジュゴンが疲弊してきた3回目の呼吸浮上時に飛び込む。まず初めに尾柄部に掴まる屈強な人間(Catcher)が二人飛び込み、彼らに続いて前肢に掴まる人間(Restrainer)がそれぞれ一人ずつ飛び込む。4人にしがみつかれてジュゴンがもがいているうちに、Lanyon博士率いる女性研究者部隊が泳いできて、皮膚サンプルや糞便サンプル、体サイズ測定などの計測を行う。

 オーストラリア滞在が始まって1ヶ月後、ついにジュゴンを捕獲する日がやってきた。捕獲経験のない筆者が担当したのはRestrainer。皆に聞くと、ジュゴンが暴れて怪我をすることもあるらしい。うっすらと広がる不安を無理やりの興奮で抑えつけた。未知なる危険への挑戦に胸が躍ったのは5,6年以上前のことであったことを実感した。この年齢(当時、筆者は31歳)になってからの冒険はなかなか勇気がいる。
現場に到着すると、すぐにジュゴンが見つかった。ゾディアック船の速度が上がる。
 ジュゴンが2回目の呼吸をした。
皆、次に行くぞと声を掛け合っている。
 1分後、ジュゴンが3回目の呼吸をした。
瞬間、Catcherたちが大きく跳躍してジュゴンに飛び付いた(Fig. 1上段)。すぐ後に続いて筆者も「セイッ」と掛け声を発して飛び込んだ(Fig. 1中段)。心中では「えーいままよ」という言葉が浮かんだことを覚えている。随分と古い言い回しだが、こういう芝居がかった言葉の方が効果があって、実は筆者が勇気を出すときによく心中で唱えている言葉だ。

 水中ではすぐ目の前にあったジュゴンの前肢にしがみついた(Fig. 1下段)。ジュゴンが体をひねって回転させると筆者および他の3人ももみくちゃにされた。ふと気がつくとLanyon博士と女子学生が暴れるジュゴンの隙をついて計測を行っている。作業の手際のよさにすっかり驚いてしまった。  全ての計測を終えて放獣後、緊張からの解放感で笑いがこみ上げてきた。「ヒューすっげーヒュー」と奇声も発した。この日は合計で6頭捕獲することができた。泳いでいるジュゴンを素手で捕まえるということは、話には聞いていたが、実際に体験してみるまで理解できないものである。なんとかこの技術を習得してタイ国のジュゴンをとっ捕まえタイ、というのは、どうか。ダメか。

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Fig. 1. ジュゴン捕獲の様子(写真提供:Janet Lanyon博士)

ケネディ宇宙センターでワニ調査

2010年11月5日 報告者 渡辺佑基(国立極地研究所)

スペースシャトルが打ち上げられるNASAのケネディ宇宙センター(米国フロリダ州)は、航空宇宙分野に携わる人にとって憧れの地。でも、それだけでなく、私のような生物学者にとっても圧巻な場所であった。なんといったって、点在するNASAの施設の周りは、ただっぴろい汽水の湿地帯で、驚くほどの動物天国。マナティーがいる、ワニがいる、カブトガニがいる、ウミガメがいる、イルカがいる、サメがいる、そして、数え切れないほどの鳥がいる――。

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スペースシャトルを格納するメインビルディング

 
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近日打ち上げ予定(2010年11月5日現在)のスペースシャトル「ディスカバリー」

 

今回の調査ターゲットはミシシッピワニである。そんな危険な動物をどうやって捕まえるのか、私自身も疑問だったのだが、アメリカは広い。「ワニを捕まえるのがうまいNASA職員」がいた。彼は、エアボート(巨大なファンで空気を後方に押し出し、その反作用で推進する特殊なボート)を走らせ、ワニを見つけると、ロープの先に付いた三又のフックを、固い鱗に引っかけた。ワニはスピンして暴れるが、強引に引き寄せ、ボートの上に引き上げる。口の周りをケーブルタイで縛り、さらにテープでぐるぐる巻きにし、「噛み」さえ封じてしまえば、ワニはすっかり観念する。こうなれば、「大きなトカゲ」と変わりなく、データロガー装着から記念撮影まで自由自在。

 
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エアボート

 
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釣ったワニを引き上げる

 
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記念撮影

 
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データロガーを装着したワニ

 

ところで、十数年前、私は宇宙飛行士になりたくて、いろいろな大学の航空宇宙工学科やその方面に進めそうな工学部を受験した。だから、私にとって、ケネディ宇宙センターで仕事ができたのは感激である。宇宙からワニへ、だいぶ目的はずれてしまったけれど。

カブトガニ、2億年の謎に迫る  〜TOMOKO forever〜

2010年3月1日 報告者 東川洸二郎・渡辺伸一(福山大学 生命工学部 海洋生物科学科)

  研究室のHPはこちらです

前回までのあらすじ

 われわれカブトガニ調査隊は、加速度データロガー(ORI380-D3GT)をカブトガニ(通称:TOMOKO)に装着し、室内実験と屋外実験を行なった。室内実験ではカブトガニの行動を把握し、屋外実験では自然環境に近い条件下でカブトガニの行動を記録することができた。その結果から、カブトガニの活動の周期性とその要因が明らかになった。しかし、多くの謎の1つを明らかにしたに過ぎず、われわれのカブトガニに対する好奇心は尽きることがない。次にわれわれは、カブトガニの保護を考える上で重要である、越冬場所の解明を試みることにした。

 カブトガニの越冬場所の解明は、共同研究者である笠岡市立カブトガニ博物館にとっても大変興味深いテーマである。TOMOKOを含む計3個体を実験に提供していただいた。TOMOKOも含めてすべて今年度中に笠岡周辺で行われる漁業で混獲された個体である。今回の調査では、カブトガニにデータロガーだけでなく超音波発信器を取り付ける計画である。超音波発信器の電池寿命はデータロガーと比較して長い。超音波発信器による追跡調査を行うことで、カブトガニの季節的な移動を明らかにすることができると考えた。カブトガニは水温が18℃以下になると活動を行なわないと考えられている。よって、水温が18℃を下回る12月まで追跡できれば、その場所がその個体の越冬場所だと考えられる。

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    データロガーと超音波発信器を装着したカブトガニ

 今回の調査で3個体のカブトガニに発信器を付け、それらの越冬場所を特定することができれば、瀬戸内海に生息しているカブトガニの越冬場所の条件を知る上で極めて重要な知見となるだろう。最終目標に思えた越冬場所の解明が、案外簡単に叶いそうである。しかし、いきなり3個体のカブトガニに発信器を装着して、野外へ放流するのは危険である。そこでわれわれは、まず1個体のカブトガニに発信器を装着し、追跡を行うことにした。この個体にはさらに切り離しタイマーとともにデータロガーを装着し、ロガーによる行動記録を試みた。データロガーには浮力体と電波発信器が取り付けてあり、海面に浮きあがったところを回収する。この手法が成功した後、2、3個体目のカブトガニにも発信器とデータロガーを装着して放流する予定であった。

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    カブトガニを放流する様子:著者(東川)が手にしているのがロガーを装着したカブトガニ

 放流当日、夏の日差しがまだ弱まらず、半そで一枚でも汗ばむ陽気だった。この日は、地元のテレビ局である笠岡放送も取材に来た。われわれは、陸上からのカブトガニ放流班と船からの追跡班に分かれ、追跡を試みた。発信器とロガーを乗せたカブトガニは放流場所から数百メートルの位置まで進むと、その日はそこで活動を停止した。

 それから3日間、ロガーを乗せたカブトガニを追跡し、いよいよデータロガー切り離しの日が来た。ロガーを乗せたカブトガニは、結局、放流地点から数百メートルの位置に滞在したままだった。データロガー切り離し予定時刻とほぼ同時に、水中から「ポンッ」という切り離し音がした。調査隊一同待ちわびた瞬間だった。が、データロガーは全く浮かんでこない。おそらくは、カブトガニが海底を這ううちにアオサなどの海藻が絡まり、水面に浮いて来なったのではないかと考えられる。その後も、調査の折に、ロガーの回収を目指したが、結局そのロガーは現在も未回収のままである。

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    調査船にてカブトガニを追跡する様子

 その後、残りの2個体にも超音波発信器を取り付け、放流した。ロガー回収の問題が解決することができなかったことから、これら2個体には超音波発信器のみを装着した。まず1個体を放流し、追跡を行ったところ、放流後1時間ほど移動した後に休止した。まずはその日の休息場所が確認できた。最後に放流するカブトガニは約1ヶ月半、研究に協力していただいたTOMOKOである。別れを惜しみながら放流した。しかし、TOMOKOは放流直後なかなか動かない。おそらく、TOMOKOも別れが惜しいのだろう。しばらく、波打ち際でじっとしていたが、尾剣を振りながら別れを告げるように(著者にはそう見えた)、笠岡の海へと消えていった。その頃、すでに日没近く、調査の終了時刻が迫っていた。TOMOKOを放流後、ほかの2個体の位置を再度確認したところ、さきほど休止した場所に2個体は留まったままだった。そして、TOMOKOも、と思い先ほどTOMOKOがいた場所へもどりTOMOKOの位置を確認してみた。…いない(?)どこを探してもTOMOKOがいない。その後も、定期的に船による追跡調査を行ったが、結局、TOMOKOの位置を確認することはできなかった。

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    12月中に行ったカブトガニの追跡調査:この調査で1個体の越冬場所が明らかになった.

 その後の調査で、3個体中1個体だけは、水温が低下する12月下旬まで追跡することができ、越冬場所を特定することに成功した。しかし、笠岡湾周辺の海域を広範囲に探索したのだが、悲しいことに、TOMOKOと再開することはできなかった。ほかになす術のないわれわれは、長年カブトガニを研究するカブトガニ博物館の副館長に意見を求めた。 副館長はわれわれに一言、「それが、カブトガニだよ。」と言って去って行った。 この言葉は、われわれカブトガニ調査隊の胸に深く刻み込まれた。まさに謎だらけの生物である。

 本年3月に著者が卒業することから、本連載は休止する。しかし、TOMOKOが再度発見、あるいは新たな隊員によって、来年度も新しい研究成果が得られ、本連載が再開することを願う。

カブトガニ、2億年の謎に迫る ◆ TOMOKO、故郷笠岡に帰る〜

2010年1月1日 報告者 : 東川 洸二郎・渡辺 伸一(福山大学)

  研究室のHPはこちらです

前回までのあらすじ

 われわれ福山大学カブトガニ調査隊は、岡山県笠岡市カブトガニ博物館から、メスのカブトガニ(「TOMOKO」と命名)を調査のためレンタルさせて頂くことになった。そして、謎に包まれたカブトガニの行動を解明するための第一歩として、広島県因島にある福山大学マリンバイオセンターの屋内実験水槽で、加速度データロガー(D3GT)を装着した実験を行った。この実験で約9日間のTOMOKOのバイオロギングデータを得ることができた。

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    笠岡市立カブトガニ博物館の屋外実験施設

 さて、屋内水槽で行動するデータが得られたので、次は野外でのデータが欲しい。野外では屋内とは違い、自然光や潮汐が行動に影響を与えると思われるので、是非、野外のカブトガニのバイオロギングデータが欲しいところである。しかし、野外の行動を見るといっても、いきなり大海原へ放流するわけにはいかない。野外では、ロガーの回収など未知な問題が多く、いきなり野外へ放流するのはリスクが大きい。そこで、笠岡市立カブトガニ博物館の屋外実験施設で実験を行うことになった。その施設とは自然の潮汐が満ち干する屋外実験水槽(19.5m×13.6m、最大深度2.5m)である。そこで調査を行うことで、より野生に近いカブトガニの行動を記録することができると考えたのである。そんなわけで、TOMOKOは生まれ故郷である笠岡市に帰郷することになった。

 2009年8月23日、因島の屋内水槽からTOMOKOを引き上げ、再び約90分の道のりを経て、カブトガニ博物館に到着した。折角、故郷へ戻ったのだが、TOMOKOは死んだかのように全く動かない。ふたたびデータロガーをエポキシ合成樹脂で殻の上側に接着した。前回同様にロガー装着の作業にはまったく苦労しない。

 なお今回の実験では、実験水槽が大きく透明度も悪いため居場所の確認が困難になる。まして、泥中に潜られるとなるとTOMOKOの居場所はまったくわからない。そこで、データロガーに約2.5mの釣り糸をくくりつけて、その先に釣り用の浮きを取り付けた。この浮きの位置によって、TOMOKOの水平位置を知ることができる。

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    加速度データロガーを装着し屋外実験水槽へ放流されるTOMOKO

 ロガー装着後、屋外水槽の手前まで運んできたが、この時ばかりはTOMOKOも脚をバタつかせて落ち着きがなかった。そして屋外水槽へ放たれた次の瞬間、実にスピーディーに飼育槽を動き始め、TOMOKOの姿は濁った海水の中に消えた。その後、約30分に渡って、水面の浮きが屋外水槽を縦横無尽に動き続けた。

 この後、カブトガニ調査隊は、4日間、8月の炎天下にさらされ、TOMOKOの行動観察を行った。調査員一同、みな日本人離れした黒さに焼け、カブトガニに取り付けた浮きの行方を記録し続けた。しかし、野生動物の研究とは、予想どおりにはいかないものである。放流初日の猛ダッシュ以降、TOMOKOに取り付けた浮きは、ピタリと止まったままほとんど動こうとしない。

 動かない浮きを見続けながら、ふと、博物館の学芸員の方が言っていたことを思い出した。「カブトガニは実に謎に満ちた生物で、前日までは元気でも朝見るとご臨終ということがしばしばある。」「まさかTOMOKOの身に!?」「もしもの事があってはレンタルではなく買い取りか!?」「カブトガニっていくらするんだ?」などと内心焦りながら観察を続け、ついにデータロガーを回収する日がやってきた。

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    ロガー回収のため、泥の中から掘り出されるTOMOKO

 TOMOKOに繋がる釣り糸をグイグイ引っ張ってみたが、やはり動く気配がない。悪い予感が調査員一同の脳裏に浮かぶ。ふつう考えれば4日間も全く動かないことなど、「干潟の猛者カブトガニ」にあるのだろうか?TOMOKOには申し訳ない気持ちで、泥の中に手をつっこみ約50cmの巨体を掘り起こした。すると、そこには脚を元気にバタつかせたTOMOKOの姿があった。深い眠りから起こされ、多少機嫌を損ねた様子にも見えた。一気に調査員一同の肩の荷が下りた瞬間だった。

 早速、データロガーを回収して、TOMOKOの活動の記録を遡ってみた。やはり、観察を行っていた日中は活動を完全に停止していたのだが、観察を行っていない夜間にも活動した形跡はなかった。残念な結果ではあったが、TOMOKOが生きていれば、実験を継続することはできる。その後、再度データロガーを装着し、今度は活動するデータを取ってきてもらうように祈って、再びTOMOKOを実験水槽へ放流した。

 2度目の実験データから、放流から3日後、TOMOKOはようやく活動を開始したことがわかった。3度目の実験以降は、屋外水槽の環境に慣れてきたのか、毎日、周期的な活動を繰り返した。この活動の周期性がどんな要因で決定するのか、実に興味深いテーマである。その後、約一か月に渡って実験を繰り返し行った。

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    問題:カブトガニはどこでしょう?

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    正解:白線の中(中心に見えるのが装着したロガー)

 屋外実験水槽で十分なデータを得たわれわれは、ついに野外でのカブトガニ調査を行うことを決めた。野外調査では、データロガーを装着し、野外のカブトガニの行動を記録する。また、データロガーによる行動解析だけでなく、超音波発信器(ピンガー)をカブトガニに装着し、バイオテレメトリーにより長期的な行動追跡を行う計画も立てた。

 カブトガニは基本的に6〜9月の温かい時期に活動すると言われているのだが、それ以外の時期に、どこで何をしているのか、まったく明らかになっていない。カブトガニの長期的な追跡調査は、越冬場所の解明など、カブトガニの保護を考える上でも重要な情報を得ることができるのである。

 後に、この野外調査では、TOMOKOを含む3個体を用いて調査を行った。入手が困難なカブトガニである。失敗は許されない。ハズだったのだが、、、その調査でとんでもない事態に!!

 次回、「カブトガニ、2億年の謎に迫る  〜TOMOKO forever 〜」

2009年の野外調査レポート

カブトガニ、2億年の謎に迫る  〜カブトガニ調査の幕開け〜

2009年12月1日 報告者 東川洸二郎・渡辺伸一(福山大学 生命工学部 海洋生物科学科)

  研究室のHPはこちらです

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 干潟に潜む猛者、カブトガニをみなさんはご存じだろうか?約2億年前から同じ姿で生息しており、「生きた化石」と称されている。数十年前までは瀬戸内海のあちこちの干潟で見られたが、今となっては干拓や水質汚染で個体数は激減している。国内有数のカブトガニの生息地として知られている岡山県笠岡市でも同様に、干潟の干拓により個体数は激減し、絶滅が危惧されている。絶滅してしまっては、生きた化石ではなく「ただの化石」である。そんなカブトガニを守りたい!しかし、生態や食性など謎だらけである。ならば、その謎を解き明かそう!我々のカブト魂(?)に火がついた。データロガーを付けて行動解析、ピンガーを付けて冬の生息地を突き止める。カブトガニが俺たちを呼んでいる!そんな思いを胸に、岡山県の笠岡市立カブトガニ博物館に、カブトガニの謎を解き明かしたい、と共同研究の話を持ちかけた。内心ドキドキしていた私たちに返ってきた答えは「いいですよ。では、お貸ししましょう」。まさか、カブトガニのレンタルがあろうとは思ってもみなかったが、ありがたく貸していただくことになった。

 意外とあっさりレンタルさせていただいたのだが、実はかなりラッキーだった。借用したのは、笠岡周辺で行われる漁業で混獲されたメスの成体である。カブトガニは成体になるまで約13〜14年かかると言われている。しかも、近年特に減少傾向にあるカブトガニの成体は、笠岡周辺では1年を通じて1個体も捕獲されないことが多かった。そんなカブトガニの成体が、今年はなんと4個体も捕獲され、それらを研究のため提供していただけるという。やはり、カブトガニは俺たちを呼んでいた。カブトガニで調査を開始できるその日まで、胸を躍らせて待ち望んだ。

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    輸送中のカブトガニ成体

 2009年8月12日、カブトガニ博物館から、待望の記念すべき1個体目のカブトガニを借用した。この日から私たち、海洋動物行動学研究室7人(以下カブトガニ調査隊)のカブトガニ調査が幕を開けた。

 我々はまず、加速度データロガー(D3GT)を装着し、水槽内での行動の観察を試みた。通常は干潟の泥の中に埋まっており、しかも夜行性と言われているカブトガニの行動を知るには、水槽で飼育し、観察することが必要だったからである。そこで、広島県因島にある福山大学生命工学部付属マリンバイオセンターにある実験水槽でカブトガニの観察実験を行った。

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    カブトガニの腹側:6対の脚があり、左右の脚の付け根に口がある。

 そしてついに、待望のカブトガニがマリンバイオセンターに、濡らした新聞紙に包まれて1時間30分の道のりを車に揺られてやって来た。さっそく新聞紙を剥いでいくと、そこには重さ約3kg、全長約50cmの巨体があった。持ち上げてみるとずっしりと重く、腹側を見ると予想よりも長くよく動く足は実にグロテスクである。さながら、エイリアンのような姿を目の当たりにした衝撃は大きく、カブト魂をもつカブトガニ調査隊の中にもビビって触れない者もいた。しかし、つぶらな瞳が意外と可愛く、その瞳をしばらく見つめていると愛着が湧いてきた。我々は、このメス成体に「TOMOKO」という愛称を付けた。カブトガニ調査隊のひとりK橋君の母親の名前である。日本バイオロギング研究会会報の第42号の表紙を華々しく飾っているのが、このTOMOKOである。

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    水槽にゆっくりと舞い降りるカブトガニのメス成体「TOMOKO」

 そんなTOMOKOにデータロガーを装着する時、多少は暴れるだろうと予想していたが、脚一本動かさなかった。実に研究に協力的な生物である。データロガーは台座に取り付け、エポキシ合成樹脂で背面部の殻に直接接着した。完全に硬化したことを確認し、いよいよ水槽に移す時がきた。ゆっくりと水槽に入れられたTOMOKOは脚をバタつかせ、まるで溺れたエイリアンのようだった。しかし、底に到達すると本領を発揮した。我々の想像ではノロマなイメージを持つカブトガニだが、水中では極めてスピーディーで、長い脚を使って、底を這うのではなく軽快に駆けていた。さすが、干潟の猛者カブトガニ。未知の可能性を秘めているに違いない。そして、TOMOKOは干潟のみならず、始めて入った水槽でも猛者らしさを発揮した。当初、水槽にもともと入れられていたサカタザメとアカエイが大事なTOMOKOに危害を加えるのではないかと心配していたのだが、そんな心配は無用であった。水槽へ導入されたエイリアンTOMOKOは、先住者を押しのけ、追い払い、踏みつけるという暴れっぷり。後に、これらの先住者は、TOMOKOの暴挙に耐えられず、他の水槽へ移すことになった。このような最強の生物をこれから研究できるのかと思うと、どこか誇らしかった。実験では、データロガーによって加速度の記録と同時に、TOMOKOの行動をビデオカメラにより撮影した。

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    アカエイを踏みつけるTOMOKO

 その後、因島のマリンバイオセンターでTOMOKOの行動を観察し、データロガーからは約9日間のデータが得られた。このデータとビデオカメラで撮影したカブトガニの行動を照らし合わせ、加速度の変化から休息、摂餌、泥に潜る行動などを分類することを目指す。この結果をもとに、野外で得られたロガーデータからカブトガニの行動を探ることが今後の目的である。 次回(好評であれば)、「カブトガニ、2億年の謎に迫る ◆ TOMOKO、故郷笠岡に帰る〜」へつづく、

アイスランドでのシャチ調査

2009年9月8日 報告者 小暮ゆきひさ(東大海洋研)

7/1〜30日にかけて行われた、アイスランドでのシャチ調査について報告します。この調査はスコットランド、St. Andrews大学の Sea Mammal Research Unit (SMRU) のPatrick Miller 博士らの研究グループとの共同調査として行われました。日本からは私と佐藤克文准教授(東大海洋研)、東北大の吉野元さん、そして、この春から SMRU のポスドクとなっている青木かがり博士が参加しました。調査チームはアメリカ、イギリス、アイスランド、ポルトガル、デンマーク、 アイルランドそして日本と非常にインターナショナルなチームでした。

最近までシャチは世界中の海に生息している単一のコスモポリタン種であると考えられていました。ですが近年の研究にはシャチを餌生物や生息域等の違いによっていくつかの別種あるいは亜種に分けることを提案しているものもあります。又、彼らは高度な社会性を持っていて、音を用いたコミュニケーションを行っていると考えられています。 そんな中、今回の調査はアイスランドに生息するシャチの摂餌生態を調べるために行われました。

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(上)荒涼とした大地の続くアイスランド本土をバスで移動 (下)ヘイマエイ島へは更にフェリーで3時間

調査はアイスランド南端のヴェストマン諸島、その唯一の有人島であるヘイマエイ島を基点に行われました。北極圏にほど近い高緯度地域でしたので、7月だというのに最高気温は15℃程度、そして夏至の直後ということで最初のうち夜は白夜となっていました。この時期のヴェストマン諸島では多くのシャチの群れが集まっていて、実際海に出ればほぼ確実にシャチを見かけることが出来、調査地としては申し分無い環境でした。

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(上) これが夜10時の光景。明るい! (下) 調査海域では多くのシャチを見ることが出来ました

調査は毎朝ヘイマエイ島から出港して行われました。プレジャーボートとゾディアックに分乗して双眼鏡でシャチを探索し、発見後はプレジャーボートは数種類の水中マイクをおろして集音を行い、一方のゾディアックは群れに接近してデータロガーの装着を行うという計画です。

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(上)ボートに分乗して調査に出発 (下)ボートの上にはロガーを回収するために八木アンテナを装備

用いたロガーは静止画ロガー(DSL供法音響ロガー(D-tag)、加速度ロガー(PD3GT)の3種類。これらのロガーを 4m にもなるカーボンファイバーのポールの先端に取り付け、シャチにロガーを押し付けて吸盤で装着するのですが、調査を始めてみるとシャチの動きが速くなかなか上手く行かず、一日中追いかけても付かない日が続きました。7日目になってようやく最初のロガーの装着に成功し、その後は順調に2日に1つの割合で装着が進んで、最終的には DSL 4個体(うち1つに PD3GTを同時装着)、D-tag 4個体からデータを取ることが出来ました。

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ポールでのロガー装着。(撮影:吉野氏)

今回の私はお手伝い的な立場で参加したのですが、外国人の人たちと1ヶ月に渡る共同生活をしながらの調査は大変興味深く、バイオロギングの世界に入ってきたばかりの私にとって大変勉強になりました。次の機会には日本のバイオロギングの担い手の一人としてもっと役に立てるようしっかり精進しなければと思いました。 まずは英語をもっと勉強しなくちゃいけませんね…

追記:帰国時、飛行機の乗り換えで少し時間があったので、ロンドンの自然史博物館に行ってきました。ヒースロー空港から地下鉄で40分ほどで到着。何より驚いたのはこういった立派な博物館が基本的に無料であるということ。文化の違いというのでしょうか。大変うらやましい環境に思えました。

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各種鯨類の標本。夏休みだったのでしょう 多くの家族連れでにぎわっていました。

アマゾンマナティー調査

2009年7月14日 報告者 菊池夢美(東大海洋研)

 2007〜2009年にブラジル国立研究所(INPA)との共同研究でアマゾンマナティー の行動実験を行った.INPAでは保護,飼育したマナティーをアマゾン川に放流する事業が実施されているため,データロガーを使用して放流後の行動を調べることが目的だ.アマゾンマナティー実験が正式に決まった2007年8月,ブラジルへ出発する2週間前,準備で焦っていた私は自転車で信号待ちのバイクに衝突して左肘を関節内骨折してしまった.手術する余裕は無く,欠けた骨を左肘に残したままブラジルへと向かう.これで悪い運を全て使い切ったことを願い実験を始めた.INPAではベルトを使ってマナティーにデータロガーを装着し,得られたデータから行動を分類,抽出することに成功した.これによって,放流後のマナティーの行動を把握することができる.そして2009年4月,放流個体へロガーを装着するチャンスが得られた.

 アマゾン川はブラジルの他4カ国をまたいで流れており,いくつもの巨大な支流に分かれている.川はblack waterとwhite waterの2種類の水質を有しており,マナティーは主にblack waterに生息している(写真1). そのため水面からの目視調査は不可能であり,生態学的な調査はほとんど行われてこなかった.他の海牛類と同様,アマゾンマナティーもまた乱獲された歴史があり,生息数は激減してしまった.法律で保護されている現在でも,依然として密猟が主な減少要因となっており,INPAに保護されるマナティーはほとんどが新生仔で,母親は密猟で殺されてしまった孤児である(写真2).

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写真1:black waterの色

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写真2:保護されたマナティー孤児.ひどく痩せ細っている.

 2009年4月4日夜10時,マナティーの野外放流プロジェクトが始まった.放流予定のマナティー2頭(XiboとMapixari)をトラックに乗せ,一般道を2時間ほど移動して最寄りの船着き場へと向かう.ようやくマナティーを調査船に乗せて船で移動を始めたのは深夜1時過ぎだ.翌朝,アマゾン川沿いのコミュニティー(村)に到着し,ここで人々に放流マナティーを紹介した.村の人達に放流事業への協力を求めることで,マナティーに対する関心を高めて保護の重要性を理解してもらうことができる.子供からお年寄りまで,皆,笑顔で新しい仲間を歓迎してくれた(写真3).その後,放流地点のCuieiras Riverへ移動し,マナティーを生簀に入れて放流まで川に慣れさせることにした.Cuieiras Riverはアマゾン川の支流であり,放流地点では川の流れがほとんどない.翌日の放流までの自由時間,船内の人々がアマゾン川で泳ぎ楽しんでいる中で,私は実験機器の準備で焦っていた.そして夕方,ふとした瞬間に腕時計を船縁からアマゾン川に落としてしまった.耐水性に優れたBaby-Gがあっと言う間に沈んで消えた.船内の人々は「川に貢ぎ物したから実験はうまく行くさ!」と大爆笑で,これをきっかけに皆と打ち解けることができた.4月6日,まず 暴れん坊のMapixariにロガーを装着して放流した.放流後は3時間おきにVHFトラッキングを続け,深夜の暗闇での作業はハードだった.4月7日にはおとなしいXiboにロガーを装着して放流した.ここまでで船上生活は終了,私とINPAの学生2人でキャンプ生活を始める.廃ホテルのロッジでキャンプを行い,慣れないハンモックから落ちること数回.しかし,アマゾン川での沐浴は素晴らしく,川の水も美味しく,アマゾン川は全てが美しかった.順調にXiboのロガーは全て回収したが,初日に放流したMapixariのロガーが1つみつからない.どうやら,水中の木々に引っかかって沈んでいるようだ.そこで,VHFシグナルからロガーの沈んでいる場所を探すことにした(写真4).シグナルの強い範囲を定め,アンテナを外したVHF受信機本体を一つ一つの木に近づける.すると,水中に沈んでいる1本の木から非常に強いシグナルが検出された.皆でその木を蹴飛ばして揺さぶり続けたところ,ロガータグがぷかりと浮かんできた(写真5).

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写真3:初めて見るマナティーに触わって大喜びの子供達

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写真4:アマゾン川のIgapo林の様子.流れが無いので鏡のように木々を反映している.どこかにロガーが沈んでいる.

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写真5:無事に全てロガー回収!熱帯林で記念撮影.

  帰国後の6月22日,Xiboが死亡したという連絡を受けた.詳しい死因は現在調査中だが,呼吸器系の感染症だそうだ.飼育水槽とアマゾン川,どちらが彼らにとって幸せかは分からないが,マナティーを放流しなければINPAの飼育水槽が満杯になってしまう.年平均7~8頭のマナティーが保護されるが,2009年は既に8頭の新生仔が保護されているのだ.今後の放流方法の改善に役立つことを望みながら,目下データを解析中である.

イトウの遊泳行動

2009年7月13日 報告者 山本 圭一(北大環境科学院 修士1年)

 私の住む北海道は、絶滅危惧種であるイトウが自然繁殖している日本唯一の場所です。イトウは、最大体長が1.5mを超えることもある日本最大の淡水魚であり、釣り人にとっての憧れの的でもあります。しかしイトウは現在、絶滅危惧種に指定されており、近年最も絶滅の危険が高い淡水魚として選定されました。その一方で、分布域の季節的変化や生態的な知見が少なく、具体的な保護政策がしかれていないのが現状です。

 そこでイトウの行動生態に関する知見の蓄積のため、加速度データロガーを導入した野外調査を行う前段階として、直接観察が可能な環境において行動と加速度データの照合を試みました。 実験は、2008年12月13日、北海道南部の七飯町にある北海道大学七飯淡水実験所内の一角に研究室の倉庫に眠っていたアクリル製の1m立方水槽を設置し、水槽の側面2方向にビデオカメラを設置して実施しました(写真1)。

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写真1:実験に使用した水槽

また、実験魚は同実験所内から提供していただいた養殖アルビノ個体を使用して行いました。M190L-D2GTは、2軸加速度1/32秒、水深・水温1秒に設定し、3〜4日間記録、ビデオカメラによる記録は、1日毎に60分間撮影を行いました。

 まずイトウを麻酔槽に移し麻酔を行い、背鰭前端下部に自作の固定具によってM190L-D2GTを装着しました(写真2)。実験を開始したのが雪が深々と降る12月の中旬、平均水温5℃、気温-2℃のなか緊張で震えてるのやら寒さで震えてるのかわからないような状況で装着を行いました。覚醒までに時間は要したものの、無事泳ぎだしたのを確認した後に水槽に暗幕を施し、24時間の馴致を実施しました。

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写真 2:D2GTを装着したイトウ

  翌日、ビデオ撮影を行うため暗幕をはずすと、イトウは水槽底面でじっとして、カメラ目線でいてくれました。とりあえず、生きていたことに安心して撮影開始。 5分程経つと、イトウが泳ぎ始めたので、また一安心。1mの水槽が窮屈そうではありましたが、元気そうに泳いでおり、時折私の方を向いて浮遊している姿が何とも愛らしかったです。この実験期間中には、底面にじっとしている「静止」、水槽内を浮遊している「滞留」、水槽内を移動する「遊泳」といった3つの行動の記録をビデオ記録と加速度データから照合することが出来ました。

 また記録期間中は、給餌を行っていませんでしたが午後1時から2時にかけては、落ち着きがなくなり、水面で口を開閉した後、底面に向かって加速する捕食のような行動も見受けられました。「これは、捕食行動の記録が出来るかもしれない!」と思い、ニジマス用のペレットを与えてみても、5cmほどの金魚を与えてみても、怖がる一方で捕食行動には、訓練期間が必要なのだと痛感しました(写真3)。

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写真 3:金魚を怖がるイトウ

 2009年5月14日には、北海道大学水産学部のキャンパス内にある太平洋池と呼ばれる池に同実験所のイトウを放流し、同様に行動観察と加速度データの照合を行いました。今回の実験では、イトウの元気な遊泳が見られ、有意義な実験が行えました。今後は、加速度データの解析を行い、野外調査に導入できるような成果を挙げて行くとともに、実験で使用した美味しくないイトウの美味しい食べ方を平行して研究していきたいと考えています

天売島でのウトウ調査

2009年7月14日  報告者 永井 久美(総研大)

 6月21日から26日に実施した、天売島でのウトウ及び野外調査についてご報告いたします。
 天売島は、北海道北西部、羽幌から約27km沖合に位置する周囲約12kmの小島です。対馬暖流の影響を受け周囲は海鳥の餌となる魚が豊富な海域です。人口約400人が北海道本島に面した東海岸に住み、高さ100m以上の断崖が続く西海岸には八種類の海鳥(ウトウ、ウミウ、ケイマフリ、ウミネコ、オオセグロカモメ、ウミガラス、ウミスズメ、ヒメウ)が3月から8月にかけて繁殖のため飛来します。 中でもウトウは世界最大の繁殖地(約100万羽)として知られ、全個体数の約30%を占めます。巣は傾斜が緩やかな草地(イタドリ)の根元や裸地に掘った穴です。夜明け前から日没頃までは、海上で群を成し潜水して小魚を採餌します。育雛期に当たる今回の調査では、イカナゴやカタクチイワシを嘴にくわえて夜間に帰巣する姿が観察されました。同時に、ウミネコによる餌略奪、同種間での略奪も頻繁に見られ、それを回避するようにピンポイントで巣穴へ着地する様子は圧巻でした。  調査の目的は、このウトウにジオロケーターを装着し、冬季の位置情報を得ることです。装着は親が巣にいる夜間、人工巣箱を対象に行いました。形態計測後、脚に個体識別リングとジオロケーターを装着し再び巣に放鳥します。天気が不安定なことが気掛かりでしたが、巣の利用率が高かったこともあり、予測よりも円滑に予定していた計10個体へ装着することが出来ました(オス6, メス4 、2ペアを含む)。回収は来年5月頃(抱卵期)の予定です。

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餌を巣に持ち帰るウトウ(上)とウトウの巣穴に覆われた斜面(下)

 野外調査ではウトウの他に、断涯に巣を持つウミウ、ウミネコ、オオセグロカモメを、また個体数は少ないものの、ケイマフリ、ヒメウ、ウミガラス(海上のみ)も観察出来ました。時折、断涯の麓に連なる岩場でゴマフアザラシの姿も見受けられました。

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ウミウのヒナ(上)とウミガラス(下)

 今回滞在した北海道大学・天売海鳥研究室では、研究員の方々が日々ウトウやウミウの調査を精力的に行っています。そのようなお忙しい中でも、野外調査の事前準備や島の案内、生活面に至るまで快くサポートして下さり、大変お世話になりました。また滞在期間中には天売島の島民の方々との交流も多々あり、調査以外でも数多くのことを学ぶことが出来ました。

横浜サイエンスフロンティア高校講義

2009年5月18日 報告者 小谷野 有加 (新江ノ島水族館)

今年4月横浜市鶴見区に開校した横浜市立横浜サイエンスフロンティア高校において、5月9日に環境フォーラムが開催され、神奈川県内の博物館、動物園、研究機関の研究者とともに講演を行いました。環境フォーラムは『Global Warmingテキストを使用した環境をベースとしたリテラシー学習』の事前学習として、多様な環境をテーマとした考え方に触れることを目的として行われました。

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セミナー風景

 午前は『砂浜の訪問者 アカウミガメ』と題して、神奈川県内の砂浜でも産卵するアカウミガメについて話をしました。「神奈川県内でアカウミガメが産卵することを知っていた人は手を挙げてください!」と壇上から促したところ、240名ほどいる1年生の中で知っていたのはわずか3名。2007年より神奈川県内の研究者数名と研究グループを発足し、アカウミガメ産卵巣の現地保護活動をしてきましたが、こんなにも産卵の事実が知られていないとなると、私たちの取り組みはまだまだ前途多難だと感じました。

 午後はポスターセッションが行われ、『アオウミガメの飼育環境下における上陸行動』のポスターを前に、アオウミガメの日光浴行動について話をしました。研究方法の説明部分で、データロガー、インターフェーズボックスとパソコンを用意し、データロガーの使用方法を簡単に説明したところ、「・・・データロガーに記録したデータをこのボックスを介してパソコンにダウンロードし・・・」あたりで男子生徒から「かっこいい!!」という声があがりました。そうか、高校生にはデータロガーがかっこよく見えるのか、と新鮮に感じた瞬間でした。

講義後には、「アオウミガメが日光浴をするとは知らなかった」「ウミガメに興味が湧いた」という感想が多く聞かれました。質問の中で印象深かったのは、「アカウミガメは日光浴をしないのに、アオウミガメが日光浴するのはなぜか?」でした。残念ながらその問いに対する答えはまだありませんが、いつか答えられるよう研究を進めていきたいと考えています。

 生徒の皆さんは非常に熱心に私の話を聞いてくださり、私は新鮮な驚きやパワーをもらうことができました。また、水族館に働く者として教育普及活動の重要性を改めて痛感しました。今後も機会がありましたら、ウミガメとその生息環境やバイオロギング研究について興味を持っていただけるよう話をしたいと思います。

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生徒の感想

I became a fur seal 〜ナンキョクオットセイ調査報告 〜 [#s61c5256]

2009年5月22日  報告者 岩田 高志(総研大)

 亜南極の島サウスジョージア・バード島、ここには50000つがいのペンギン、14000つがいのアホウドリ、700000つがいのウミツバメ、そして65000頭のオットセイが繁殖している動物の楽園である。バード島にはイギリスの南極基地があり、我々は2009年1月〜3月の間そこに滞在し、ナンキョクオットセイ(Arctocephalus gazella)の生態調査を実施した。

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バード島で繁殖するペンギン(上)とワタリアホウドリ(下)

 ナンキョクオットセイは、母親のみが子育てをする哺乳動物であり、子育て期間中母親は、2、3日間陸上で赤ちゃん(パップ)にミルクを与え、次の授乳に備え、1週間前後海へ餌採りに出かけて行くのである。一方、母親の帰りを待つ間パップは何をしているのかというと、寝たり、他のパップと遊んだり、母親を探して歩き回ったりしている。

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ナンキョクオットセイの母仔

 我々の調査は、母親が授乳のために陸に戻ってきた時にデータロガーを装着、回収するといったものであった。調査は順調に進んでいたものの最後の1頭が2週間経っても帰って来ず、不運にも我々は帰国の日を迎えることになった。「もうロガーを装着してから2週間も経つのに、彼女は何をしているのだろう。もしかしたら事故にでもあったのかな。それとも道に迷ったのかな。餌を十分に食えていないのだろうか。パップはまだ生きているのだろうか。もう一度会いたかったなぁ・・・。」バード島出発の4時間前、私の頭の中がオットセイのことでいっぱいになっていたその時、なんとデータロガーを装着した母親が、パップにミルクを与えに、私にロガーを返すために戻ってきたのだ。最後の1頭から無事ロガーを回収し、ナンキョクオットセイの調査は、データロガーの回収率100%で終えることができた。

 最後に母親の帰りを待つ間私は、寝たり、パップと遊んだり、母親を探して歩き回ったりしていて、気付くとパップになっていた。

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ナンキョクオットセイのパップ

琵琶湖のフナ行動調査

2009年5月18日  報告者 國宗 義雄(近大院農)

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調査船近漁丸(左)と大宮丸(右)

 ザザーと耳障りな雑音を出し続けていたVR60レシーバーのスピーカーから突然69kHzのコード化信号が聞こえてきました。ピピッピッピ・・・。琵琶湖南湖で木の葉のように頼りなく浮かぶ大宮丸(写真1)の舳先にへたり込んで、危うく居眠りをしかけていた私と、艫で船外機の操舵を握っていた神村君の「キッター!!」という声が上がったのは全く同時です。あわただしくエンジンを止め、アンカーを下ろし、VR28レシーバーを積んで同じように南湖中をスキャンしている近漁丸(写真1)に携帯で連絡します。ここからは指向性に優れるVR28(写真2)の出番です。

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調査船近漁丸のテレメトリーシステム(右)

今年度の近畿大学琵琶湖テレメトリーチームは、フナ班が私を含めて3名、ビワマス班が2名です。4月下旬から5月中旬まで、全員でフナの追跡に精を出しました。季節移動を見るために昨年放流したニゴロブナとゲンゴロウブナの計30尾のうち、少なくとも7尾が南湖に滞在していることが、南湖の13か所に設置したVR2レシーバーのデータからわかっていました。それらのフナを見つけ出して、日周行動や環境要因と行動との関係を探ろうというのが今年度のテーマです。

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宿泊所で黙々と調査準備に勤しむメンバーたち(左)と夜明けの琵琶湖(右)

絶景の湖畔にひっそりと建つプレハブの宿泊所(写真3)で、寝袋にくるまっている各自の携帯から様々な目覚まし音が鳴りだすのが午前4時半。連日の疲れで、体はなかなか応えようとはしません。嫌がる体を何とか奮い立たせて、夜明けの太陽が近江富士の東から昇り始める5時半には船を出します(写真3)。それからは、2隻で手分けしてVR2レシーバーからの最新情報の吸い出し、前日までに見つけた個体の位置確認と水温などの測定、新たな個体の捜索を、昼休憩をはさんで午後6時半まで淡々と続けます。フナの腹腔内に入れたピンガーのバッテリーライフがまだ十分残っているはずであったにもかかわらず、受信範囲が昨年放流時の半径約200mから、数10mにまで低下していたことは大きな誤算で、捜索は難航を極めました。強風が吹くと船がアンカーごと流されて、あっという間に見失ってしまいます。しかも、ずっと同じエリアで滞在し続けている個体があるかと思えば、西岸から東岸、あるいは北から南へめまぐるしく移動する個体もいて、さてさて、彼らの行動をどう理解すればよいものやら、今後の解析は興味深いと言いながらもどうなるものでしょうか。いずれにせよ、約1か月の苦しく楽しいフィールド活動が終わりました。5名のメンバー全員の、おそらく一生の記憶に残る経験となったに違いありませんが、6月中旬から、北湖でのビワマスの実験が控えています。あわただしく準備が始まります。

カラチョウザメの行動研究報告

2009年4月24日  報告者 香森 英宜(東大院農学生命)

 2006年と2007年に、中国の長江で、バイオロギングを用いたカラチョウザメの行動調査を行った。野生のカラチョウザメ成魚を対象としたバイオロギング研究というのは、これが初めての事例である。

 カラチョウザメは遡河性の魚で、かつては長江上流域で産卵を行っていたが、長江にダムが建設されたため、遡上が妨げられ、今では葛洲ダムの下流に産卵場が1か所残されているのみである。産卵場の多くが失われ、カラチョウザメは個体数を減らしつつあると言われている。そのため、保護の必要性が叫ばれている。

 我々の研究は、カラチョウザメ保護のための生物学的な情報を得るために、日中共同で行われたものであった。中国側は長江水産研究所のWei氏が中心となり、また、日本からは、極地研の内藤靖彦先生、渡辺佑基氏、東大海洋研の宮崎信之先生、そして私が参加した。

 この調査では、自動切り離し装置とVHF発信機を付けたデータロガーを使った。データロガーの回収は、魚体から切り離され、水面に浮上してきたものを、電波を頼りに追跡し、浮いているデータロガーを見付けたら、それを網ですくい取るという方法で行った。言葉にするとこれだけだが、実際はうまく電波を受信できないこともあって、データロガーの探索には苦労した。1回など、データロガーが川岸に打ち上げられていたため、川原の石の間などを捜し回ってようやく回収できた。また、丸1日捜し回ったものの、結局回収できずに終わったものもある。

 このような苦労はあったものの、この調査を通し、カラチョウザメ成魚の遊泳行動について、いくつかの興味深いことが明らかになった。

 例えば、カラチョウザメは午後から夜にかけての時間帯に活発に動くことや、不定期に水面への上昇を行うことなどである。特に、水面への上昇が頻繁に起こっている点が興味深く、この点に注目してデータの解析を行った。その結果、水面への上昇は日中、特に午後に最も頻度が高くなること、また、上昇を行う際、一時的に遊泳速度やテールビートの強さが上昇するが、これらの変化は大体深度が3mに達した時点から始まることなどがわかった。

 この調査を通して得られた新たな知見が、今後の研究、さらにはカラチョウザメの保護に生かされていくことを期待したい。

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南国のウナギ調査

2009年4月24日 報告者  青山 高幸 (東京大学海洋研究所)

 2008年12月、宮崎先生から突然インドネシアのウナギ調査の話が持ちかけられた。先生の話では、インドネシアの調査地は、水の透明度が高く、比較的標高が高いところにある閉鎖的な湖で、私の調査地であった木崎湖とよく似ている“素敵な”場所だという話だった。しかしウナギに関する知識をまったく持たない私は、まさか本当に自分が行くことになるとは思いもせず、宮崎先生の話を聞いていた。ところが、いつの間にか「青山、インドネシアに行ってこい!!」という指令が下されていた。目前にせまった修論の提出が気掛かりだったが、まぁいい経験になるかと思い、ただ一言「はい、やらせていただきます」と覚悟を決めた。

 当初は、ろくに海外旅行に行ったことが無い私が一人で送り込まれるはずだったインドネシアだが、塚本先生の研究室の学生が参加することになり、内心心強い味方を得たと思った。がそんな安心感も束の間、同行者に信じられない事実を知らされたのだ。

 調査地であるインドネシアのポソ湖は空路を4便、さらに陸路を7時間移動してやっと到着できる僻地に存在しているのだが、この陸路7時間の移動経路沿いでは、数年前まで凄惨な事件が起こっていたらしく、下手をしたら自分の命が無いということだった。そんな話を私が初めて聞かされたのは成田を出た後の機内でのことだったため、「えっ?そんなこと聞いてないよ?」と言っても時既に遅く、後戻りの出来ない旅が始まっていた。

 そうこうしている内に、噂の地域へ入り、「もしかしたら日本に帰れないかも・・、自分はここで死ぬのかな?もし死ぬならどう死のうか?どうせなら笑って死のう!!」などとのんきな事を考えていたが、そんな私の心配をよそに、何事も無く調査地ポソ湖に到着した。

 さて、事なきを得たので、本来の任務である調査の開始である。ポソ湖調査に関する事前情報では、毎日簡単に大きなウナギが取れ、湖もおだやかでVHF作業も非常に簡単に行える、かついざというときには湖を縦断することも出来るという話だった。ところが、いざポソ湖調査を開始すると、雨が降らないためか、ウナギの採集もままならず(実際に手に入ったのは最初の二日間だけ)、湖岸沿いには遠近感を狂わせる巨大な山々が連なり、縦断することはおろか、横断することも困難を極めた。さらに穏やかなはずの湖は、午後になるとその性格が一変し、我々に牙を剥きはじめた。船(といっても日本で想像されるような船ではなく、小学生の木細工のようなバランスもなにもないようなもの)が壊れるのではないかと思うほどの強風と高波に晒され、連日のように湖水を頭からかぶり、乗船者全員が全身ずぶ濡れで作業を続けた。後から聞いた話だが、午後の荒れる時間帯は地元の漁師さんですら漁には出ないそうだ。現地の人たちには、私達が激荒れのポソ湖で調査をする姿は、暴挙に写ったことだろう。

 そんな環境下でなんとか作業を繰り返し、今回の調査では、ウナギにカメラロガーを装着したデータと、調査出発前日に完成したD3GTデータロガーでのデータ採集に成功した。

 今回のインドネシア珍道中は、振り返ってみれば困難の連続だった。紙面には書ききれなかったものもあるが、肉体的にも精神的にも非常に苦しく、普通に生活していては経験し得ないような状況にも遭遇したため、非常に得がたい経験が得られたと思う。が、プライベートで行きたいか?と聞かれれば、答えはNoである。なにせ、空路4便+陸路7時間は腰痛持ちの私には遠すぎるのだ。

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 雄大なポソ湖と壊れそうな調査船

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 ロガー装着作業. 右が著者

大村湾のヒラメ調査2 – ロギング前のデータ取得 –

2009年3月31日 報告者 安田十也 (京大院情報)

http://bg66.soc.i.kyoto-u.ac.jp/biologging/wiki_image/yasuda/MVI_1968.AVI 採卵からロガー装着までのビデクリップ(転送までに時間がかかります)

 長崎県大村湾は日本屈指の閉鎖海域として知られています。私たちは、この大村湾に生息するヒラメの活動リズムや生息範囲を調べるために、深度・水温データロガーを利用した調査を2007年より始めました。今回は2008年12月の調査について報告します。2007年の調査では雌成体の割合が多くなる全長50cm前後の個体を選択して放流しましたが、再捕した個体の生殖線を調べたところ、雄、卵が未発達な雌、卵黄蓄積を始めた雌、吸水卵がみられ産卵を開始したと思われる雌など、個体によって色々でした。産卵盛期であれば、魚種によっては腹部を押して精子や卵を確認することで雌雄や発達具合を見分ることが可能ですが、そうでない場合、生殖線の発達具合ばかりか雌雄さえ見分けることが難しいことが多々あります。そこで、今回はデータロガーを装着する前にカニューレを使って卵細胞を採り、これからデータを記録する個体の生殖線はどれほど発達が進んでいるのか調べることにしました。放流から3か月が過ぎた現在、5匹再捕することができています。これから解析を進めて早く皆様へ成果を報告したいと思います。

http://bg66.soc.i.kyoto-u.ac.jp/biologging/wiki_image/yasuda/Fig.1.jpg http://bg66.soc.i.kyoto-u.ac.jp/biologging/wiki_image/yasuda/Fig.3.jpg

放流を待つヒラメ軍団(左)と放流を終えて安堵の表情を浮かべた4年生(右)

http://bg66.soc.i.kyoto-u.ac.jp/biologging/wiki_image/yasuda/Fig.2.jpg 放流した個体の卵細胞

ガンジスカワイルカ調査報告

2009年3月9日 報告者 山本友紀子 (東京工業大学)

 ガンジスカワイルカは、インドやバングラデシュに生息する淡水性のイルカです。インドの大地をつくる細かい砂が溶け込んだガンジス川は、非常に濁っています。そのため、これまで他のイルカ類で行われてきたような水上や水中からの目視観察を行うことができません。そのため、これまでガンジスカワイルカがいつどこで何をして生活しているのかは、まったくわかっていませんでした。

 濁った川に生息するガンジスカワイルカは、水晶体が退化していて、ものを見ることができません。そのため、彼らは環境を知る手段をエコーロケーションに頼って生きています。そこで、私たちの研究グループでは、このクリックスに着目し、ガンジスカワイルカのクリックスから行動を明らかにすることを目的に調査を行っています。

 2008年11月11日〜16日にガンジスカワイルカの調査を行いました。調査地はインドの首都デリーから南東へ約150kmに位置するKarnabasという場所です。

 調査に使用するのは音響データロガー(A-tag)です。複数のA-tagを水中に設置し、記録された音源の相対方位の軌跡から、遊泳軌跡の復元を行います。これまでの2回の調査で得られたデータをもとに、イルカがたくさんいそうな場所を狙って、A-tagを設置します(写真1)。

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 ガンジス川で沐浴する筆者…ではなくA-tagの設置中です。

 結果は、5日間の調査でこれまでで一番たくさんのデータを取ることができました。うれしい反面、修士論文をまとめるまでに解析するデータが予想以上に増えて、帰国するときには不安な気持ちに襲われました。しかし、なんとか今回の調査のデータも含めて修士論文を書き上げる事ができました。その成果はまたの機会にご報告したいと思います。

 最後に、本調査を行うにあたりお世話になりました東京大学生産技術研究所の浦研究室のみなさま、水産総合研究センター水産工学研究所の赤松友成博士に御礼を申し上げます。

カワウの親ばか飼育誌

2009年3月25日 報告者 佐々木 幸穂 (帝京科学大学)

 みなさん、カワウという鳥をご存じですか?黒くて、大きくて、日本中いたるところの水場にうじゃうじゃいるあの鳥です。きっと一度は見かけたことがあるのではないでしょうか。また、『放流アユ喰いつくす』とか、『大量発生!!糞害で森枯れる』なんていう新聞記事や、ニュースを目にしたことのある方もおられるのではないでしょうか。そう、カワウは世間では内水面漁業被害や森林被害で少々厄介者扱いされている鳥なのです。が、しかし、私はこの鳥が大好きです。短い足でヨチヨチ歩く姿、半開きの口、光にあたると赤茶や緑に光る翼、そしてエメラルドグリーンの目。私にとってカワウはとても愛くるしく、美しい鳥です。そして昨年、卒業研究としてロガーを使ったカワウの飼育実験をしないかというお話をいただきました。『カワウと一緒に生活できるなんて!!』願ってもみないチャンスでした。

 2008年6月、愛知県鵜の山コロニーで生後約1日齢から1週間齢の雛を捕獲しました。飼育開始当初、育ち盛りのちびっこたちは食欲旺盛。ヒョロロヒョロロと鳴いて餌をねだっては、お腹がいっぱいになると眠り、1時間もしないうちに目を覚まし、また餌をねだる…誰かが常に餌乞いをしている状態で、日中は大忙しです。夜は夜で、体温維持能力の低い雛の保温管理のために、泊り込みで世話。始まりの1週間は、寝る間もないくらい大変なのに、不思議と辛くないものでした。

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 カワウの赤ちゃん

 しかし、そんな日々も束の間。夏の暑さと管理不足から、餌の魚が腐敗してしまったらしく、7羽の雛のうち、日齢の低い2羽が死亡し、次に小さな2羽も体調を崩してしまいました。もちろん、落ち込みも悲しみもしましたが、くよくよしている暇があったら、生きている子たちのことを考えねば!! と思い、管理を徹底しました。そんなこちらの努力に答えるかのようにどんどん成長していき、羽ばたきの練習を始めたり、木の枝をくわえて遊んだりして、日を追うごとに行動を発達させていく雛たちを観察しているのは、とても面白く、頼もしいものでした。結局体調を崩した2羽は巣立ちまでに死んでしまったのですが、残りの3羽は無事飛行や潜水が出来るまでに成長し、8月上旬に巣立ちの日を迎えました。

 巣立ってからいよいよロガー装着実験を開始。使用したのは加速度ロガーとGPSロガー(名古屋大学田島忠君担当)で、巣立ち後の幼鳥の行動発達をとらえるのを目的としました。人への恐怖を感じさせないようにするため、極力ストレスを与えないように育ててきたので、毎回のロガー装着はいたってスムーズ。終わるまで、おとなしく膝の上で座っていてくれました。

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 膝乗りカワウ

 ロガーを装着したら小屋から出して、自由に飛んだり泳いだりさせました。『捕まえられるの!?』と思われた方、心配ご無用です。お腹を空かせた頃、魚を持って立っていると寄ってくるので、簡単に捕まえることが出来ました。しかし、9月の中旬を過ぎると、自分の力で魚を捕れるようになってきたのか、餌の時間に帰ってこない日が増えてきました。こうなると、いつロガーを背負ったまま独り立ちしてしまうかわかりません。そこで、9月下旬に実験を終了し、泣く泣く出生コロニーにて放鳥しました。

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 カワウ vs カワセミ

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 GPSロガーを背負ったカワウ

 今どこで何をしているのかもわからない3羽のカワウ達。”親”としてはもちろん心配で、思い出さない日なんてありませんが、野生に放った以上は無事を祈りながらデータの解析に励むことくらいしか出来ません。幸いにも、ロガーからは飛行や潜水能力が発達する過程のデータが得られ、一安心。そして今年も、カワウの雛達が元気に餌乞いをする季節がやってきました。

2008年の野外調査レポート

水族館でのバイオロギング研究紹介

2008年10月21日 報告者 小谷野 有加(新江ノ島水族館)

 社団法人日本動物園水族館協会では、動物園・水族館の社会的機能として「教育」「レクリエーション」「自然保護」「研究」の4つを提唱していますが、日本の動物園・水族館では、日常業務の中で、自然保護や研究業務を継続して行うことは、なかなかハードルが高いのが現状です。しかし、2008年版のIUCNのレッドリストにおいて、データが確認されている哺乳類5487種のうち、実に4分の1に明白な絶滅の危機が迫っていることが示されており、野生動物の生存が危ぶまれています。そんな中、展示動物を野生から導入している動物園・水族館に対しては、今後ますます社会の目が厳しくなってくることが予想されます。そう遠くない未来に動物園・水族館は研究・保護目的以外では野生から動物をほとんど導入できなくなり(哺乳類に関しては特に)、教育や保護、研究を通して社会に、そしてさらにいえば野生動物とその生息環境の保全にいかに寄与しているかが評価される時代が来るのではないかと思います。

 そこで、水族館に勤めている者として私もなにかしなければ!とテーマを探していたところ、アオウミガメがおもしろい行動をしていることに気がついたのです。当館のウミガメたちは、春から秋までは屋外のウミガメプールで飼育されており、特に春と秋のよく晴れた日に、プールの砂浜にのそのそとあがってくるのです。陽に当たってとても気持ちよさそう・・・。これだ!!

 というわけでアオウミガメの上陸行動の研究が始まり、背甲に電気伝導度ロガーを取り付けて、アオウミガメが上陸(日光浴)する環境条件を調べ始めました。

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 日光浴をするアオウミガメ(甲羅の白い部分にデータロガーを装着)

 データロガーを使用した実験を始めて、気づいたことがあります。それはデータロガーが水族館での研究に使用するツールとして、大変優れているということです。まず、一つ目の利点は、一度装着しておけば、手間をかけずにデータがとれることです。たいていの水族館では、作業のちょっとした合間または業務後にしか研究をする時間がないため、動物の行動を長時間観察するのはほとんど不可能です。また、二つ目の利点としては、データロガーを装着した動物を展示すると、大変目立つため、より注目してもらえることがあげられます。さらに解説板等でうまく説明すればその動物に対する関心を強めることもできます。実際に、昨年よりデータロガーをアオウミガメの背甲に装着して展示を行っていますが、データロガーが気になるようで、子供から高齢者の方までウミガメに関する質問をされることが多くなりました。また、以前よりもウミガメをよく見てくれるようになりました。データロガーと研究の内容を説明すると、みなさん一様に「へぇー、なるほど!ウミガメが日光浴するなんて知らなかった!」と驚いてくれるのです。

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 研究の解説を読む親子

 データロガーは研究者主体の研究ではすでに水族館でも使用されていますが、展示と研究を両立させるこができ、さらに研究をおもしろく見せられるツールはなかなかないと思いますので、今後、水族館・動物園主体の研究でもデータロガーが広く使用されるよう、この研究をアピールしていきたいと思っています。

 ※2008年のウミガメ展示は12月7日までです。2009年4月後半に展示再開予定です。

ロガー探してどこまでも〜大槌ウミガメ調査報告2008〜

2008年10月15日 報告者 楢崎友子(東大院新領域)

岩手でウミガメ調査を初めて早4年.今シーズンの混獲調査は大成功.合計43個体を得て,調査拠点である国際沿岸海洋研究センターの屋外水槽がカメで溢れかえりました.ところが私のメインの調査であるロガー調査は非常に難航.昨年まではトントン拍子にデータを得てきましたが,ビギナーズラックもどうやらここまで.今年は大変厳しいシーズンとなってしまいました.

「失敗したときに,いかに冷静な判断を下せるかが大事」
「全てのことをやり尽くした時に,ラッキーは降ってくるもんだ」

そんな熱い言葉をかけてもらいつつ挑んだシーズン最後の10日間について報告させて頂きたいと思います.

2008年10月3日,宮城県金華山の頂きで私は悩んでいた.
岩手から勢いでロガーを追いかけてはきたものの,電波は途絶え,手がかりはなし. 寝不足かつ運動不足の身体での登山は辛かった.金華山名物の鹿を眺めつつ,諦めモードになりかけていた.

ことの発端は4日前.ウミガメに装着したロガーが大槌湾内に浮かびあがった.通常であれば30分で回収できる位置だったのだが,この日は通りすがりの大型作業船に引きずられた挙げ句,沖合で津軽暖流に乗っかりグングン南下してしまったのだ.既にロガーを2個もなくしていた私に,選択の余地などあるわけがない.受信セットと数日間分の着替え,寝袋を車に積み込み,一人南へと旅立った.

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図1:通りすがりの船にロガーが轢かれた.ウソのようなホントの話.かなりアンラッキーでしたが,皆さん仕事の手を止めて協力して下さいました.感謝!

津軽暖流は津軽海峡から金華山付近まで沿岸域を南下する流れである.したがって,金華山は最も期待できる受信場所であると同時に最後の砦でもあるのだ.しかし,その砦で受信ができなかった.もう帰りたい気持ちでいっぱいだったが,ここまで来て引き下がるのも悔しい.悔しすぎる.悩みに悩んで,もう少しだけ頑張ってみることにした.

次に登ったのは福島県の水石山.標高は700 mちょっと.ピクニック客に混じって受信作業をしてみると・・・は,入った!!追いかけてきたロガーの電波ではなかったが,3週間前に紛失していた別のロガーの電波がビンビンに入るではないか!!大慌てで複数箇所から受信を行った結果,茨城県の沖合約50km付近にあることが判明した.

そこで今度の問題は,船.全くアテはない.仕方ないので片っ端から漁協をまわって事情を説明してみる.しかし,やはり沖合50kmともなるとなかなか難しい.電波でロガーの位置を確認しながら,船を探し歩く日々が3日間続いた.

2008年10月7日.いつものようにロガー位置を確認.すると,前日の時化の影響でロガーが沿岸寄りに流されていた!これなら行けるかもしれない!!と,急遽近くの川尻漁港に駆け込む.すると,昨日,井戸端会議的に事情を説明した漁師さんがすぐ船を出してくれるとのこと.そして出港して約1時間.ついにロガーを回収!!流れ藻やゴミが絡まっていたが(図2),アンテナはピンと上を向いて立っていてくれた.回収場所は茨城県日立沖約20km(図3).あと1週間もすれば黒潮にのってしまうであろう,というまさにギリギリの回収劇だった.

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図2:約3週間ぶりに再会したロガーにはワレカラがびっしり.

大槌を旅立って1週間.回収するまでの走行距離は1000kmを超えていた.漁師さん曰く「回収した日のような凪は滅多にない」とのこと.確かに,根性出し切ったらラッキーが降ってきました.やってみるもんです.

結局終わってみれば,メインで行った5回の実験のうち,まともなデータが取れたのはこの1回のみ.未だにロガー2つは漂流中という散々な結果には違いありませんが,めげずに頑張っていきたいと思います.

最後になりましたが,アンテナ片手に突如現れた私に御協力下さいました茨城県平潟漁協の鈴木様,茨城県川尻漁協の大坂様および大永丸船主坂本様に深く御礼申し上げます.

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図3:放流位置と回収位置.

木崎湖スモールマウスバス調査

2008 年9 月20 日 報告者 青山 高幸 (東大海洋研)

 2008年7月、私の木崎湖調査は今回で4回目を迎えました。「木崎湖ってどこ」?という方のために少し説明しますと、富山県と長野県白馬村に接する長野県大町市にある湖(写真1)で野尻湖と並びスモールマウスバスが釣れる湖として有名な場所のうちの一つです。(また、どういうわけかとあるアニメの聖地(??)として、その手の方々が多数来訪≒巡礼される一風変わった場所です。)

 このように場所柄(標高764m)から言っても寒い地域だということはお分かりいただけるかと思いますが、どのくらい寒いかというと、冬はもちろん真っ白な銀世界、春ならば室内で吐く息が白くなるほど、夏ならば普通に布団をかぶっていないと風邪をひきそうなくらいです。(まぁおかげでこの2年間真夏でもエアコンいらずの生活を送っていたためすこぶる体調はいいわけですが・・・。) 私はそんな木崎湖で、荒井さん御夫妻の経営されているキャンプ場と伊藤さん御兄弟の経営されるモダンボート(レンタルボート店)にお世話になっていました。まわりが美しい自然に囲まれているためか、この荒井さん一家はとても愉快な方々で、私に“マスティー”というよく意味の分からない愛称をつけて下さり、いつのまにか木崎での私の名前はマスティーになってしまうなど、私も荒井さんご家族と共に楽しい生活を送らせていただきました。また荒井家のお子さん達(洋平君・朔未さん)が毎日一人寂しい私と毎日遊んでくださるおかげでいい気分転換をすることもでき、中でもご夫妻の長女の朔未さん(5歳)が私に非常になついてくださり、彼女と真剣に遊んだ次の日には必ず魚が釣れるという、私に強運をもたらしてくれる天使のような存在でした。

 さて、今回の調査では、私は生簀の中でスモールマウスバスの捕食行動を記録するということを第一の目的としていました。つまり最初にまず実験を行うための生簀を作らなければいけないわけですが、「果たしてそんなものが一人でできるのか?かなり時間がかかってしまうのではないか?」などと不安を抱いておりました。しかしいざ木崎湖に着いてみると、荒井さんやお客さんの御厚意(勝手に巻き込んだわけですが・・。) により、ものの数時間で立派な生簀(写真2)が完成してしまいました。生簀さえ完成してしまえば、あとはこっちのもので、「朔未さんと遊ぶ→魚を釣る→生簀に放す」という作業を繰り返し、ある程度の魚が確保できたところで、東京から応援を呼び、短期間のうちに、ばっちり捕食の瞬間をロガーとカメラの両方から記録できたというわけです。    今回、こうした実験を行うことによって新たに課題が浮上したりもしましたが、2年間にわたる私の調査活動がこうして無事に、楽しく終えられたのも、生活面で私の面倒を見てくださった荒井さん御夫妻、時に真剣にブラックバス釣りの話をし、時に一緒に釣りをしながらバカな話をしてストレス発散に付き合ってくださったモダンボート洋平店長、そしてブラックバスという魚を通してお知り合いになれた多くのお客さん(柳原さん・堀内さん・藤原さん・寺嶋さんetc)のおかげだと思っております。

 みなさんも一度、木崎湖へ足を運んでみてください。きっと美しい自然に癒されるのではないでしょうか。

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生簀完成図

オオミズナギドリ調査

2008年8月21日 報告者 勝又 信博(東大海洋研)

 8月4日に今年初となる泊まりがけのオオミズナギドリ調査に行ってきました.私が岩手県釜石市三貫島でオオミズナギドリ調査を行うのも,今年で3年目となりました.毎年,一番初めの泊まりがけの調査は持ち物などに忘れものがないか,ドキドキするものです.今回の目的は,山本君(総合大学院大学)が昨年付けたジオロケーターの回収と繁殖個体の計測を行うことです.4人で渡島し,拠点となる場所にタープ,テントを張り,調査開始です.

 調査は,ジオロケーターを回収するグループとジオロケーター装着の影響がないことを調べるため,非装着個体の各部位を計測するグループの2組に別れ,行われました.我々のグループは非装着個体の計測を担当しました.

 オオミズナギドリは地中に巣を設け,繁殖します.繁殖地では,巣の入り口に座り,休む姿をよく見ることができます.翼が長いため,飛び立つのが得意ではありません.静かに後ろから近寄り,翼が広げられないように押さえてしまえば容易に捕獲できます.捕獲したらすぐに鳥袋に入れ,計測を行います.計測中には鳥も逃げ出そうと必死に暴れます.ここで気を抜くと,オオミズナギドリから非常に痛い報復を受けることになります.クチバシからの攻撃も気をつけなければなりませんが,こいつらは意外と足癖が悪いのです.クチバシに気をとられていると足からの攻撃を受け,きれいな3本の赤い筋が手に出来ていることもしばしばあります.痛いです…

 今回はジオロケーターの回収,非装着個体の計測などやることは多かったのですが,1年前の勘がよみがえり,順調に進みました.9月には一番人が集まるデータロガー調査が始まります.今回扱ったオオミズナギドリのおかげで,ロガーの調査では傷を少なく出来そうです.

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これだけ寄っても無反応なオオミズナギドリ

四川大地震を経験して

2008年5月12日  報告者 木村里子(京大院情報)

良く晴れ、心地よい風の吹く日だった。 私は中国揚子江でスナメリの音響調査を行っていた(詳しくは2007年度記事、「揚子江−ポーヤン湖のスナメリ音響調査」を参照にされたし)。1日の調査を終え、ホテルに戻りデータをダウンロードしながらネットニュースを開く。

「速報:四川で強い地震M7.8。北京のビルで数千人が避難」

四川で地震で北京で非難???四川と北京は1500km以上離れている。日本で言えば、北海道で地震が起こって鹿児島県民が非難したくらいの距離である。そんなに大きい地震が?地震発生時刻は現地時間で14時半頃。私たちは揚子江の上にいたはずだ。そして北京より震源に近いはず・・・どうやら揺れる船の上で気づかなかったようだ。

その後ニュースを見るたびに刻々と被害の大きさが明らかになっていった。最終的にマグニチュードは8に修正され、中国民政部の2008年7月1日の発表では犠牲者数は6万9195人、なおも1万8000人以上が行方不明であるという(犠牲者の皆様には謹んで哀悼の意を表します)。 私たちは、震源が遠く調査地ではほとんど被害がないこと、二次災害も考えられなかったことから調査継続と判断した。インターネットから日本語のニュースサイトを見ることが出来たし、中国の同僚たちから中国国内での報道を知ることも出来、時々刻々状況がわかったので判断が楽であった。このため、地震のニュースを見た直後に日本にいる先生や家族に自身の安全と調査の継続を伝えることができた。また、私は調査へ行く前に大学の事務掛に海外渡航届けを提出してあったので、大学からの安否照会にもすぐに応じることが出来た。これらはもちろん当然のことなのだが、正規の手続きを踏み、報告、連絡を怠らないということの大切さを感じた。同時に、ともかく何事も安全第一であること、野外で調査を行う際は調査内容だけでなく天災も含めて十分注意をしなければならないことを改めて胸に刻んだ。 今回は、幸運なことに情報収集や日本への連絡をスムーズに行うことができた。しかし、調査先によってはそうは行かない場合もありうるだろう。今後、情報が手に入りにくい場所へ出掛ける際には、事前に対処法を決めておかなければならないと思う。今回とは逆に、国外での調査中に国内で不測の事態が起る可能性だってあるのだ。どちらの場合にも、準備が必要だ。

また、他にもいくつか考えさせられることがあった。 一つは「なぜ北京で数千人もの人が非難したのか」。これは中国で地震が少ないことに関係する。実際、北京では震度1程度だった。しかし、地震の少ない中国では今回の地震が人生初体験だった人も多かったようだ。部屋の蛍光灯の紐が揺れているのを見て外に飛び出た人もいたとか。日本では震度3くらいまでなら外へ飛び出す人はそういないだろう。 もう一つは報道の違いである。インターネットでの日本の報道と海外メディアの報道、中国国内のテレビニュース(漢字なのでニュアンスがわかる)の違いを比較してみたのだが、「お国柄」が表れているというか、報道の仕方が異なっていて非常に興味深かった。

最後に。今回の調査では対象水域にいるスナメリの数がいつもより少なかった。どうしたのかな〜〜と思っていたのだが、地震後に中国の研究者に興味深い話を聞いた。「以前、揚子江流域で地震が起こったとき、震源地付近の、普段はあまりスナメリがいない水域に100頭以上スナメリが集まっていたことがあったんだ。もしかしたら震源に近い上流のほうへ泳いでいったのかな」。ニュース(特に日本の報道)では、地震発生前に観察された動物の異常行動としてヒキガエル数十万匹の一斉移動や北京で動物園のサルが暴れだしたなどと報じられていたが、果たしてスナメリはいかに・・・?

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地震二日前の調査の様子。スナメリは地震を予知していたのだろうか。

海のギャング、サメの生態を追いかけろ!

2008年7月18日 報告者 荒井秀美(東大農)

かねてよりサメに興味があると謳っていた私の元へ、データロガーを用いたサメの生態調査の話が舞い込んできたのは2007年4月のことである。対象種はドチザメ(Triakis scyllium)。ドチザメは最大体長1.5mに達し、灰色のボディに黒の横縞模様がトレードマークの水族館でよく見られるサメである。ドチザメは日本の浅海域に生息し、沿岸漁業の刺網などの漁具に混獲される魚種のひとつでもある。しかし、その行動生態についてはよく知られていない。

2007年4月から神奈川県三浦市三崎町城ケ島で加速度データロガーを用いた実験を行っている。回遊や一日の行動時間も把握されていないので、初めは回収が確実な神奈川県水産技術センターの大池(約25m四方)で実験を行った。この実験では、背中に付けられた浮力体を嫌がって何度もローリングを繰り返し壁にこすり付けて取ろうとしている姿や、昼寝時に藻の中に体を渦漏らせ隠れている姿が観察された。結果的に、浅い場所を好み長期の遊泳をしなかったため、2007年9月からは舞台をフィールドに移し、城ヶ島周辺海域でドチザメを放流している。現在、2ヶ月置きに行っているこのフィールド調査では14個体のデータを回収し、回収率は100%である。また、ロガー装着の手術法も当初よりはるかに改良された。サメといえば獰猛で危険な生物として認識されているため、実験計画は様々な危険を想定し綿密に立てられた。ロガー装着手術の際はサメを麻酔で眠らせ、さらにサメが暴れることを想定し体を固定する強固な手術台も作成した。

しかし、蓋を開けてみればドチザメはとてもおとなしいサメだった。手術中に体をよじらせて嫌がることはあっても、ジョーズのような獰猛性は感じられない。以前の方法では麻酔のストレスが行動へ及ぼす影響が心配されたが、今では麻酔なし・手術台なし・生分解性の糸を用いており、地球にもドチザメにも優しい方法でロガーを取り付けている。これにより、ロガー装着によるストレスは軽減されたであろう。

今後は生理学的な面も検討するため、塩分計ロガーを用いた実験を行う予定である。フィールド実験個体の今後の解析が楽しみである。

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城ヶ島沿岸の海へドチザメを放流する筆者。

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放流直後のサメの様子。元気に泳いで良いデータが取れますように!

インドネシアにょろり旅

2008年4月9日 報告者 渡辺佑基(東大海洋研)

「インドネシアでウナギを調査しないか」と宮崎先生から誘いを頂いたとき、私は後足を踏んだ。動物にデータロガーを取り付け、タイマーで切り離して回収する、私がいつもやっている手法をウナギでやろうというのである。インドネシアには行きたい。ウナギにも興味がある。だけど、うまくいくだろうか。だって、ウナギは寝床に潜り込むだろう。ロガーが壁にぶつかって外れないか。それに、もし寝床で切り離しタイマーが作動したら、ロガーは引っかかって二度と浮上しまい。ウナギは無理じゃないか。だけど、インドネシアには行きたい・・・。

「やります!」と結局答えてしまったのは、身を切るような冬枯れの岩手県で、ココナッツ・ジュースとオーシャン・ブルーの楽園を想像してしまったからである。

調査地であるインドネシアのポソ湖は遠かった。空路を四便も継いでパルという街に着いた後、陸路をミニバンで7時間揺られた。しかしインドネシアは初めてだから、移動時間も辛くはない。土埃の舞う市場を車窓から眺めていると、山積みの南国フルーツの前で褐色の肌をした売子の青年が無聊をかこっており、こちらを見てはニッと白い歯を見せる。「アフリカにょろり旅」(*)の世界だ!と私は嬉しくなった。

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(*)「アフリカにょろり旅」(青山潤著、講談社)

「にょろり旅」では目的のウナギ「ラビアータ」の採集に苦心惨憺するが、インドネシアではあっさりとオオウナギ(Anguilla marmorata)とセレベスウナギ(A. celebesensis)の二種が手に入った。しかし我々の目的はウナギの採集ではなく、行動データの取得である。寝床に潜り込むウナギからいかにロガーを切り離し、回収するか。これが問題だ。

夜中にロガーを切り離す、という作戦に我々は打って出た。ウナギは夜行性だから、夜には寝床を離れるはず。その隙に切り離せば、うまく浮上させられるかもしれない。祈る気持ちで一匹目のウナギに機器を取り付け、ポソ湖に放流した。

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水面に浮かぶロガーを発見したときほど愉快な瞬間もない。「やはりウナギは夜行性! 難事を工夫で突破した!」と私は得意になったが、データを見てみると、何のことはない、ウナギは昼も夜も寝床に入らず泳ぎ続けており、いつだってロガーはちゃんと浮上した。

しかしこうなれば話は簡単、どんどん機器を取り付け、どんどん放流すればよい。結局、8匹のウナギを放流し、その全てからロガーを回収した。ウナギはいつも昼夜を問わず泳ぎ続けた。こうしてインドネシアのウナギ調査は大成功に終わった。

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    回収成功! 左は東大海洋研の眞鍋。右は筆者。

思えばウナギ調査に懐疑的だったのは私だけでない。関係者ほとんど皆、「ウナギは無理じゃないか」と首を捻っていた。その中でただ一人、宮崎先生だけが「やってみないとわからない」との意見を持ち、この計画を半ば強引に進めた。結果この大成功である。「やってみないとわからない」、当たり前中の当たり前のことを私は改めて胸に刻んだ。

余談だが、インドネシアで私はたいそうモテた。調査の合間に地元の小さな大学で講義をしたのだが、そのあと、女子学生たちがどっと私のところに押し寄せ、何かと思ったら、一緒に写真を撮りたいと言う。一人とツーショットを撮ってあげると、「私も!私も!!」と押すな押すなの大騒ぎになった。一番の器量よしには正面切って「ユーアーベリーハンサム」と言われるし、「生まれる国を間違えた!」と後悔せずにはいられなかった。

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山に登って、ジュゴンの観察 ―ジュゴン調査報告2008―

2008年2月28日 報告者 天本 奈々子(京大院情報)

2008年1月7日-27日にタイにて行われたジュゴンの生態調査の模様を報告する。 本調査では自動水中録音装置ジュゴン用(AUSOMS-D) を海底に設置し、ジュゴンの鳴音と摂餌音を収集した。また同時に船上と崖上から目視観察を行った。調査目的は音響と目視それぞれの手法によるジュゴンの検出率の比較および、本種の餌場である海草藻場での本種の行動観察である。調査は2チームに分かれて行った。ひとつは曳航式の水中音録音装置(アクアフィーラー)を曳航してジュゴン鳴音のモニタリングを行いつつ、船上から目視を行うチームである。もうひとつは海草藻場でジュゴンの食み跡の記録と海草のサンプリングを行った後、山に登り崖上からAUSOMS-D埋設ポイントを中心に設置した区画内に現れるジュゴンの観察・記録を行うチームである。私はこの海から山まで広範囲に活動するチームに参加した。 海草藻場での調査は藻場が干出している時間帯しか行えないため、調査時間が潮汐に左右される。すなわち最干時間が朝であれば早朝に出発しなければならない。ちなみに初日のホテル出発時間は5時半であった。当然屋外は真っ暗である。星を見ながら暑いはずのタイで早朝の寒さに震えつつ港まで移動するのである(Fig.1)。干潟の海草藻場での調査が終わると、次は山を登り山頂にて3時間の目視観察を行う(Fig.2,3)。このころになると日差しも厳しく気温も上がっているため、サウナの中にいるように汗が噴出する。ただし、他の人が私同様サウナの中にいるかのように感じていたかは不明である。というのも私は日焼け防止のために風通しを犠牲にしてバスタオルを頭からかぶっていたからである(Fig.4)。暑いのは当然である。ところで、日が経つにつれ干出時間がずれて、作業開始時間が遅くなり楽になるのではないかと思われるだろうがそうはならない。一時は確かにそうなるのだが、そのうち先に山へ行った後海草藻場へ行くというサイクルに変わるのである。したがって調査期間中、大抵は早朝に出発した挙句、調査に出ている時間も長いということになる。当然調査参加者からの不満噴出である。私は自分の研究のための調査ということで、調査の一部を計画し、皆に調査への協力を依頼する立場にあったわけだが、しまいには鬼とまで言われるにいたった・・・。長期調査では疲労の蓄積も考え、ゆとりある計画を立てることが重要であると学んだ調査であった。 本調査において得られた、多くの人の汗の結晶ともいえるデータは現在解析中である。その成果はいずれバイオロギング研究会シンポジウム等で皆様にもご報告したいと考えている。

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Fig.1 調査船に乗り込む頃ようやく夜が明け始める。(撮影者:筆者)

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Fig.2(左写真) 目視を行った山。赤線囲い部が目視調査地点。この山のから見える位置にジュゴンが良く通過する海域がある。(撮影者:エム)
Fig.3(右写真) Fig.2の赤線囲い部拡大写真。山頂で目視観察を行う調査員たち(矢印)。尖った岩でおしりが痛くなるのでマットは必須である。(撮影者:松田)

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Fig.4 頭からバスタオルをかぶり目視観察を行う筆者。一応目視観察を行うのに支障は無い。(撮影者:荒井)

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Fig.5 崖下にジュゴン発見!! 息継ぎをするジュゴン。(撮影者:エム)

ミナミマグロを追いかける

2008年2月25日 報告者 藤岡 紘(長大院生産)

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写真1.ミナミマグロに発信器を装着する筆者.揺れる船上での手術はなかなか難しい.

2008年1月中旬から2月初旬にかけて,オーストラリア南西海域においてミナミマグロ未成魚の標識放流調査を行った.この夏期で6年目となる本研究は, 当海域に越夏滞留するミナミマグロ未成魚の回遊動態を解明するために,来遊した魚に発信器を埋め込み放流して,大陸棚にカーテン状に配置した受信機でモニタリングするというものである. 私の参加した標識放流調査ではミナミマグロを曳縄で漁獲し,38個体に発信器の装着および放流に成功した.標識魚の分布状況は受信機で記録されるため,受信機回収予定である5月が楽しみである.また,ミナミマグロの他にはカツオ,ハガツオ,ゴマサバ,バラクーダが漁獲された.

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写真2.シュモクザメを釣りあげて満足げな乗組員のRiggs.筆者は甲板で暴れるシュモクザメを見てビビりまくり.

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写真3.Tasmanian giant crabを持ち上げるも顔が引きつる筆者.この大きなキングクラブは普段ロブスター漁をしている船長のTonkinが仕掛けた籠で漁獲したものである.容易に人の腕を折る力を持っているらしい・・・.

長崎のヒラメ調査

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2008年2月25日 報告者 安田十也(京大院情報)

2007年11月から長崎大学環東シナ海海洋環境資源研究センターに滞在し、ヒラメ調査の準備をしてきた。ヒラメに深度データロガーを装着して2つのテーマに取り組む調査である。簡単に説明すると、ひとつはヒラメの活動リズムを解析することであり、もうひとつは潮汐モデルを利用してヒラメの位置推定を行うことだ。私は主に後者担当で、プログラムをせこせこと作りながら、平行してヒラメのハンドリング方法を学び、装着方法の予備実験、地元漁業者に対する調査の周知などを行ってきた。私はこれまでウミガメの調査を無人島で行ってきたので、共同研究者の河邊先生にはかなり手を煩わせてしまったと思うが、何もかもが新鮮で充実していた。

 2007年12月17日に調査海域のひとつである大村湾にデータロガーを装着したヒラメ成魚を13匹放流した。はじめての調査のため緊張していたのか、なぜか朝起きると左足が引きつっていた。そのことを一緒に調査を行っている長崎大の村田さんに話すと、村田さんも調査前日は寝付けなかったらしい。だが、調査本番までに、実験室で2人で猛烈に練習した甲斐あって装着自体はスムーズに行えた(と思う)。この調査の鍵を握るのは、まちがいなく漁師さんへの宣伝活動だ。組合長会議で慣れない口調で調査説明をする私の姿は、海でならした漁師にしてみれば相当頼りなく見えると思うが、地道に積み重ねていくしかない。

 放流調査は、12月に2回と1月に1回行い、深度・水温データロガー(CEFAS G5またはLOTEK LTD1100)を装着したヒラメ成魚を計28匹放流し、1月30日現在で7匹回収することができた。ロガーの回収は現地漁業者に頼るところが大きいので、回収率を高めるべく営業に力を入れたのが功を奏したのか、単にラッキーなだけなのか分からないが、現在のところ順調に回収できている。放流から3週目あたりから徐々にヒラメ再捕の連絡が入りだした。再捕地点は、放流地点のすぐ傍の所から、車で片道4時間かかる所まで様々だったが、何とか全て活きた状態で回収ヒラメを手に入れることができた。

 ロガーから得られるデータだけでなく、取れるデータは可能な限り取ろうということで、血液や耳石、生殖腺、胃内容物等をサンプルとして取った。生理学の研究室の院生にサンプル採取の方法や保存方法等を教えてもらい、はじめは慣れない手つきでの作業となった。幸いにもヒラメが次々と回収されたので、自分で言うのも何だが、採血や耳石採取は当初よりかなり手際よくできるように なったと思う。

 ヒラメが漁獲により再捕されてから現地に赴くまでどうしても数時間はかかってしまう。それゆえ、胃を開けても、内容物は殆ど消化されてしまっていることが多かった。しかし、1匹だけ、消化前に個体を回収して作業することができた。はやる気持ちを抑えて中身を取り出すと、研究室で飼育中のヒラメに餌として与えているネンブツダイと思しき魚が入っていた。何だか少しうれしかった。

2007年の野外活動レポート

ナルトビエイ調査(加速度データロガー編)−広島県百島−

2007年11月30日 報告者 塩見こずえ(京大院情報) ※写真撮影:荒井修亮先生

2007年11月25日から28日、広島県尾道市にある独立行政法人水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所百島実験施設において、ナルトビエイの行動調査を行いました。近年瀬戸内海で問題となっている、ナルトビエイによるアサリ食害を防除するための調査です。研究室から総勢10名で出動しました。いくつかの実験を並行して行ったのですが、そのうちの加速度データロガーを使った実験について報告します。

加速度ロガーの装着目的は、加速度データから「摂餌が起こった時刻を特定すること」と、「ナルトビエイのはばたき様式を調べること」でした。ですので、背中と鰭の2箇所に装着しました(写真1)。そして、ナルトビエイの行動が加速度データにどのように表れるのか対応を調べるために、目視と水中ビデオ観察も行いました(写真2)。目視観察では、水面に出ている浮き(ロガーにつないである)をひたすら追いかけました。海よりは狭いのですが意外と広い池(40m×120m)だったので、対岸にある浮きを見ているときなどは、心の眼が開くのを感じたものです。

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写真1.あれこれ装着後のナルトビエイ(♀)。 背中に速度・加速度ロガーと静止画ロガー。胸鰭に加速度ロガー。
ロガーから伸びた紐に発信機と浮き。今後の参考のためにつけた吸盤。 ナルトビエイは鮫肌ではなく、意外とつるつるぬらりとしていた。

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写真2.実験を行った池とその周りで目視をする人々。 この中のどこかにナルトビエイがいる。

実験では色々なことがありました。夜、目視観察のために池に行ってみると、ナルトビエイは池の隅でじっと停止しています。ナルトビエイの行動は朝晩であまり変わらないという話だったけれども、やはり、行動に日周性あり。…って、これ浮きだけじゃん(本体は別のところで悠々と泳いでいた)。だとか、突然ナルトビエイが池底で1時間近く固まってしまい、まさか死んでしまったんじゃ…疑惑が皆の頭によぎった(でも無事だった、写真3)。だとか、色々なことです。

とはいえ、最終的には約2日間の遊泳データを無事取得することができ、はばたきもきれいに記録されていました。ナルトビエイは朝も夜もほぼ休みなしではばたき続けていたようです(写真4)。そのはばたき方が鳥のように見えた、というのは水中ビデオ撮影をしていた先輩の言葉です。しかし、アサリには一切手をつけておらず、摂餌行動を記録することはできませんでした。水温が低かったことが原因ではないかとのことでした。何も食べずに動き続けるなんて考えられないよねー、というのは食い気ばかりの私の言葉です。 

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写真3.ナルトビエイが死んだ…?ざわ…という場面。 目覚めた後は前と変わらず泳ぎ続けていた。

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写真4.けなげに泳ぎ続けてくれたナルトビエイ。 はばたきデータはとても美しかった。

大槌のマンボウ

2007年11月26日 報告者 渡辺佑基(東大海洋研大槌)

「どくとるマンボウ」こと作家の北杜夫氏は、船医として参加した航海の途中、生きたマンボウを初めて目の当たりにし、その異様な姿に驚いた。「こいつの形態はベラボーであり、やはりアタオコロイノナの息のかかった代物としか思えない」(どくとるマンボウ航海記 北杜夫著 なお、アタオコロイノナとは「何だか変てこりんなもの)」)

私の住む岩手県大槌町では、マンボウが日常的に漁獲されている。この魚のどこがベラボウかって、尾ビレがないのである。一体、マンボウは尾ビレなしでどうやって泳ぐのか。あるいは、のんびり屋のイメージ通り、泳がずにプカプカ漂っているだけなのか。これは知りたい。

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そこでまず、今年の6月から7月にかけ、漁獲されたマンボウをもらってきて解体した。泳ぎに関係すると思われる背ビレや尻ビレの形や面積、浮力に関係するマンボウの体密度や体重、そういった地味なデータをせっせと集めた。

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    マンボウ解体中の筆者(右)と広島大の澤井(左)

ローテクの力業で集めた解体データは、大事である。しかし、間接的である。マンボウの泳ぎを明らかにするには、やはりハイテクデータロガーで動きを直接計測せねばなるまい。

しかし、それが果たせぬまま、8月に入ると、マンボウは忽然と三陸の海から消えてしまった。避暑のために一団を成して北海道へ行ってしまったと言うから、悔しいがしょうがない。

それから手ぐすね引いて待つこと二ヶ月、涼しさが戻った10月の三陸に、マンボウは帰ってきた。

思えば長い前フリであった。低気圧が去って穏やかな海が広がった10月25日、解体調査を始めてから半年にして、ついにマンボウへのデータロガー装着を試みたのである。外堀が埋まった敵城の燃え上がる本丸に躍りこんだのである。

イザ!!

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結果は笑いの止まらぬ大成功。得られたデータによると、マンボウがのんびり屋なぞとんでもない。尾ビレの代わりに背ビレ尻ビレをバシバシ打ち振り、100mもの鉛直移動を繰り返しながらダイナミックに太平洋を泳いでいた。

揚子江 − ポーヤン湖のスナメリ音響調査 '07秋 

2007年11月23日 報告者 木村里子(京大院情報)

11月10日、JCBLOSSの参加者を見送った私と赤松博士(水工研)は調査地湖口(Hukou)へ移動し、17日までスナメリの音響調査を行なった。

中国は、広い。
JCBLOSS参加者の方に「学会後、ここ(武漢)から少〜し東へいったところにあるポーヤン湖で調査なんですよ〜」とさらりと話したが、実は200kmほど離れている。車で4時間だ。
ポーヤン湖は中国最大の淡水湖である。雨期になるとその水量は、日本最大の湖、琵琶湖の約8倍にもなる。
我々は、揚子江本流とその付属湖であるポーヤン湖において、ヨウスコウスナメリの回遊行動を調べるために、昨年度より音響観察を行なっている(2006年の調査記事参照)。

私は乾期の調査は今回が初めてだったが、揚子江の様子は水量の激減していた今年の5月とほとんど何も変わらなかった(ちょっとがっかり)。

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Figure1: 相変わらず視界の悪い揚子江。 1km先も見えない。

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Figure2: 相変わらず視程も悪い揚子江。 ポーヤン湖奥で掘削、工事が行なわれているため(5月の調査記事参照)、ここから下流の水質は極めて悪い。 視程10−20cmだろうか。

今回も5月時と同様、曳航調査と定点の調査を行なった。
定点のデータは、5月から今まで半年連続のデータ取得に成功している。 今回からはよりベースラインの長い音響ロガーを投入することにした。これでスナメリの検出方位誤差も小さくなるはずだ。

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Figure3: 今まで使用していた音響ロガー(下)とこれから使用する音響ロガー(上)
ベースラインは17cmと60cm。

この新しいデータロガーを用いてこれから先半年のデータを得、計1年分の定点データを取得する。 ロガーは航路用ブイに設置した。

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Figure4: 音響データロガーを設置した航路用ブイ。

私が今回何に一番驚いたかって、近くのスーパーで売っていたピスタチオだ。
中国では日本製品が良しとされる風潮がある。商品には何でもかんでも日本語が書いてある。 しかし、いくらなんでもこれはない。思わず買ってしまったが、味は・・・普通だった。

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Figure5: 「バジル口味あらびきウィンナー6本入り」のピスタチオ

干潟調査in松坂

2007年9月27日 報告者 白木里香(京大院情報)

9月25日から26日に渡り、三重県松坂において水産工学研究所が行っている干潟調査に同行させて頂きました。25日は画像解析ソフトウェアの使い方を学習する講習会を開いて頂き、干潟で撮った画像をどのように処理するかを教わりました。2日目の26日には、実際に干潟にくり出し、撮影の実践を行いました。カメラを取り付けたアルミのポールの立て方・運び方や、人の影を考慮したカメラの設置方向など、現場でしか学ぶことのできない調査のコツを教えていただきました。

又、松名瀬海岸で行われているあさり調査にも少しですが参加させて頂きました。 ナビを使いながら、あさりを採集する場所にペグをさしていきました。GPSを使いながらも目的地と全く違う方向に進んでしまう恥ずかしい場面もありましたが、何事も勉強だとポジティブに考える思考回路を鍛えられたと思います。手法を頭に入れた後、フィールドにて経験をもって体に学習させる良い機会を得られたと思います。水工研の皆様ありがとうございました。

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Figure1: アルミのポールに備え付けられたカメラ

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Figure2: あさり調査、ペグさしに向かう私達  (個人的には胴長を着られて嬉しかったです)

ジュゴン調査報告

2007年8月19日 報告者 天本奈々子(京大院情報)

去る8月28日-9月5日、タイにてジュゴンの生態調査を行ってきた。 私たちの研究室では数年前からタイでAUSOMS-Dという水中録音機を用い、収集したジュゴンの鳴音や摂餌音からジュゴンの行動をモニタリングしている。ジュゴンは熱帯~亜熱帯の浅海域に生息する海生哺乳類であり、沖縄本島周辺が生息地の北限となっている。しかし、沖縄本島周辺のジュゴンの個体数は50頭未満と言われており、絶滅が心配されている。そこで、タイでのジュゴン生態調査で得られた成果をこの沖縄のジュゴン個体群の保全に役立てることを目的として研究を行ってきたわけである。 私はこのジュゴンプロジェクトに昨年から参加し、今回は2回目の調査であった。前回の調査では京大からだけでも8人が参加し、そのほか同地域のジュゴン生態に関して別の調査をしているチームも参加するという大所帯だったが、今回は日本からの参加者は私を含めたった2人である。まだ2回目のフィールドワークなのに人数が激減してしまい、少々不安が募る。しかもこれまでは録音機の開発者にセッティングのチェックをしてもらいつつだったのが、今回は自分たちでAUSOMS-Dのセッティングを行い、調査地点に設置してこなければならない。これで失敗してしまうと1ヶ月間のデータを取り損ねることになってしまう。私としては役立つ助手となり活躍したい気持ちはあるものの、どう考えても調査チームの場を和ますぐらいしかできそうにない。せめて足手まといになるまいと決意し、調査に向かった。 しかし、タイは雨季であり着いた初日から激しい雨に降られることになってしまった。聞くところによれば、雨の日は海が荒れるため調査できない可能性が高いという。ますます調査はどうなってしまうのだろうかという心境である。 だが、調査が始まってみれば雨に降られることもなく、AUSOMSのセッティングも設置も短時間で終了し、さらに自分の研究のためについでに行う予定であった海草サンプリングも無事行うことができた。真に今回の調査の成否が判明するのは今月末のデータ回収時であり、それにより結果は全く異なるわけだが、今のところ調査はおおむね成功だったのではないかと感じている。ただ、こうした結果に安心してしまい、この調査前の緊張感を忘れてしまうときにこそ重大な事故などがおきてしまうのであろう。フィールドワークでは何がおきるかわからないという気持ちを忘れずに今後も調査に臨もうと思う。また、今回の調査により、前回の調査時からうすうす感じていた私のGPSによるナビゲーションと写真撮影技術に関する才能のなさが明白になってしまった。フィールドワークにおいて致命的ともいえ、今後の努力によりどこまでカバーできるのかは不明だが、今後の課題として練習に励み技能の向上に努めたいと思う。

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写真1. タイ人スタッフと協力してのAUSOMSのセッティング風景。

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写真2. 干潟の海草藻場に埋設されたAUSOMS。ピンクの目印の下に本体がある。突き出ているのは左右のハイドロフォンである。

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写真3. 朝日を浴びる調査船と出発準備をする調査隊

カワウ調査−千葉県 行徳−

2007年8月19日 報告者 塩見こずえ(京大院情報)

2007年8月2日〜5日、千葉県の行徳野鳥観察舎にてカワウ調査が行われました。カワウの調査は、東大海洋研の佐藤克文先生が水産庁から依頼を受けているもので、最終目標は営巣中のカワウが摂餌トリップ中にどれだけの魚を食べているのかを加速度データから推定することだそうです。野鳥観察舎では、やってくるカワウに餌を与えているので、常連さんのカワウ達は朝夕の餌タイムに集まってきます。このような半野生の個体はデータロガーの回収に向いているということで、観察舎で試験的にデータロガーの装着実験が行われることになりました。そして私は鳥修業のため、調査に参加させてもらったのですが、これが念願のフィールドワークデビューということで、だいぶ浮かれていました。憧れの野帳にやたらとメモをし、無駄に双眼鏡を覗きまくり、「わ、私は今フィールドワークをしている!」と小躍りしたくなるほどでした。

結果として、D2GT(深度、2軸の加速度、温度を記録するロガー)を2個体、2MD2GT(2軸の地磁気、深度、2軸の加速度、温度を記録するロガー)を1個体に装着し、無事回収することができました。飛行や潜水を示唆するデータも取れていたようです。
ところで、ロガーの装着および回収の際、観察舎のスタッフさんがカワウを捕獲してくれたのですが、名人とカワウとの心理戦には目を見張るものがありました。カワウのジェラシーを利用するのだとか。一方、VHF発信機の装着や取り外しを何回かやらせてもらった私は、テサテープ(鳥類にロガーなどを固定する防水テープ)をネチョネチョ絡ませてしまったり、もう訳がわからなくなって「ひぃ〜ごめんなさいごめんなさい」とカワウに謝ったりと、ひどいあたふたぶりでした。鳥マスターへの道はまだまだ長そうです。
何はともあれ、これまでパソコンの中でしか見たことがなかった行動データが、実際に取得されるまでの流れを体験することができ、大変充実した数日間になりました。

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写真1. VHF発信機を背中に乗せて放鳥されたカワウ。ハト、アヒル、ハクチョウ、カラス、カモも写っている。

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写真2. 名人とカワウのかけひき。

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写真3−撮影:佐藤先生
ロガーをつけた個体を見張っている帝京科学大の学生さん(左)と私(右)。日焼けに苦しみつつ、
(左)「カワウって、鼻がないから口半開きで飛んでるんですよ。それが魅力のひとつなんです。」
(右)「へぇ〜!(私も自転車乗るとき口あいてるなぁ…)」
という場面(たぶん)。

八重山諸島・ウミガメ調査〜南国の楽園での亀人(か〜みんちゅ)生活〜

2007年8月10日 報告書 奥山隼一(京大院情報)

 京都大学大学院情報学研究科では、平成16年度より沖縄県石垣島にある(独)水産総合研究センター西海区水産研究所石垣支所と共同でウミガメ類の生態調査および飼育個体の放流技術開発に関する研究を行っている。調査期間中は石垣島に缶詰状態(昨年度、私は4ヵ月半滞在)で、ウミガメを中心に生活が展開される。本報告では、そんなウミガメ三昧な石垣島での生活の様子を報告したい。

 石垣島では様々な種、大きさのウミガメを見ることができるが、現在はタイマイの亜成体、アオウミガメの孵化幼体を対象生物として研究を行っている。タイマイ亜成体では、その行動生態の基礎的な知見の収集、および生息域への固執・回帰性、飼育個体と野生個体の遊泳能力の差などに関して調査を行っている。タイマイは、八重山諸島では通年見ることができる。甲羅の長さで言うところ、40〜50cmが卓越しており、成熟の指標とされる65cm以上の個体はあまり見かけなくなる。どうやら、八重山諸島はタイマイ亜成体にとっての育成場になっているようだ。

 カメは、のんびりしたイメージが専らだが、水中では以外?と早く泳ぐ。野生だと警戒心も強い。我々の研究室は潜水士の資格を持った優秀なダイバーを数人抱えているが、それでも野生個体を水中で捕獲することは至難の業である。そこで、昔からカメの捕獲を生業の1つとしてきたカメ捕りのプロの海人(“うみんちゅ”と読む。沖縄地方の漁業者のこと)にお願いして、ご好意で供試個体を入手している(ウミガメの捕獲は、沖縄県の特別採捕許可が必要)。海人から連絡を受ける度我々はタイマイ亜成体を受け取りに行き、電波発信機やデータロガーを装着してはせっせと放流している。  おもしろいもので、放流した個体の再捕率は以外と高い。この3年間で述べ20個体以上放流してきたが、中には4回も再捕された個体もいる。決して、個体数が少なかったり、捕獲圧が高いというわけではない。タイマイの中でも、捕獲されやすい間の抜けた奴はいるということだろう。

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写真1.タイマイに装着したロガーの回収の様子.今年度は、回収率100%(7/7)!!

 一方、アオウミガメ孵化幼体については、遊泳能力の発達過程や、浜から外洋へ拡散する際の定位能力、地磁気の利用に関して調査を行っている。孵化幼体を得るには、ウミガメの卵を見つけなければならない。そこで我々は石垣ウミガメ研究会(会長:谷崎樹生氏)にご協力頂いて、石垣島の浜歩き(産卵パトロール)に参加している。浜歩きは、日々メンバーが1人ずつ交代で行っており、産卵上陸しているウミガメを発見した場合は、個体識別のため標識を打ち、卵の場所をチェックする。卵が孵化・脱出したあとは、産卵数や孵化率なども記録する。

 この浜歩きが、なかなか体力のいる仕事である。調査セット(標識器具一式、計測器具など)を背負い、1.5mまで計測できるカメ用のノギスを片手に、時に雷に怯え、時にどしゃ降りにあいながら、ひたすら浜を歩き続ける。浜と浜の間にある岩場を超えるのも一苦労だ。カメの産卵が夜更けに始まってしまうと、朝帰りなんてことも在り得る。これが終わった後、研究会のメンバーは朝から普通に仕事をこなしてしるのだから、まことに感服しきりである。

 このような活動の中で、我々は産卵巣から脱出直前の個体を採取させて頂き(もちろん特別採捕の許可を得ている)、昼間に実験を行っている。 今年度の調査は未だ半分しか消化していない。調査隊のカメ三昧生活は、まだまだ続く。。。

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写真2. ウミガメが産卵に訪れる平久保の砂浜.

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写真3.産卵が無事終了し、帰海するアオウミガメ.付き合う方も一苦労である.

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写真4.調査のため、採卵する大学院生の西澤君.この砂を掘る作業がしんどい.爪は割れるし、背筋痛にはなるし…ちなみに、ウミガメの卵は上下を反転させてしまうと発生が止まるため、作業は慎重を期する.

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写真5.実験が終わった孵化幼体.実験終了後は、産まれた浜から放流される.無事に成長して欲しいものである.

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写真6.遊泳能力、行動の違いを調べるために、飼育したアオウミガメ.写真の個体は、右から飼育1日目、7日目、28日目、100日目の個体.

アイスランドのミンククジラ調査

2007年8月9日 報告者 岩田高志

 2007年7月にアイスランドのガーダー湾沖にてミンククジラの生態調査を行った。本調査は、世界各国からの数名の研究者により行われた国際的なプロジェクト研究である。旋網(まきあみ)を用いてクジラを生け捕りにし、様々な波長の音を聞かせ脳波をとり可聴域を調べ、データロガーを背ビレに装着後放流し、切り離し装置を用いてデータロガーを切り離し回収するといった、壮大な計画であった。日本からは私と赤松友成氏(水工研)が参加した。日本チームが持っていたロガーは、音響ロガー(A-tag)と行動ロガー(3MPD3GT)であり、装着に成功すればヒゲクジラ類初の音響tagデータ、最長(72時間)の行動データを取ることができる。調査海域は白夜であり、水深も非常に浅く(40〜100m)とても特殊な環境である。本調査の私の目的は、クジラが一日の内どのタイミングで採餌潜水を行っているのか、水中でどのような動きをとり採餌を行っているのかを明らかにすることであった。  調査日数は10日間(一日12時間の日帰り)で、その内2日間は海況が悪かったため中断した。ミンククジラは多く見られたものの、波やうねりがあったり、風が強い場合は、捕獲後の作業が困難なため、旋網は行わなかった。また、水深が旋網の高さよりも浅く、海底が砂地でなく岩場の時も網が損傷してしまうため旋網を行うことが出来なかった。さらに、クジラが採餌に専念している際に捕獲するという予定だったが、今年はクジラの餌である魚が異常に少なかったため、採餌に専念しているクジラがいなかったため、旋網を仕掛けても逃げられるということが何度かあった。結果は残念なことにクジラを捕獲することができず、データを得ることができなかった。しかし、プロジェクトリーダーや他のメンバーは、なんの確証も無いのに来年また集まろうと言っており、私はひたすら前向きな彼らに感動し、もし来年も行われるのであれば是非参加させていただきたいと願った。  夏のアイスランドにはミンククジラ以外にも、ザトウクジラ、ハナジロカマイルカ、ネズミイルカ、シャチといった、多くの鯨類を観察することができ、鯨類の調査フィールドとしてとても恵まれた環境であった。

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地熱発電が有名なアイスランド。写真は地熱発電所側の湖。

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アイスランドは植生が乏しくまるで地球外の星のような土地が多く見られる。写真は移動中の車からの風景。

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本調査の対象種であるミンククジラ。
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調査中に見られたシャチの親子。

魚影逍遥 〜サケを追いかけ北極へ〜

2007年7月14日 報告書 三田村啓理(京大院情報、ノルウェー自然研究所)

スカンジナビア半島の北の端に、山と海に囲まれた自然豊かな北極圏の町アルタ(Alta)があります。町は大きなアルタフィヨルド(Altafjord)の奥まったところに位置しており、町の中心を大きなアルタ河が流れます。このアルタ河は大きなタイセイヨウサケが釣れることで有名で、世界中の太公望がこのタイセイヨウサケを求めてアルタ河にやってきます。

2007年6月下旬から7月初旬にかけて、私が研究留学しているノルウェー自然研究所(Norwegian Institute for Nature Research)とトロムソ(Tromsø)大学が中心となり、ここアルタフィヨルドとアルタ河でタイセイヨウサケの親魚と降海型幼魚(スモルト)のテレメトリー調査を開始しました。本調査には、ノルウェー人、デンマーク人、フィンランド人、スペイン人、カナダ人、そして私、日本人が参加しています。本調査の目的は、1)タイセイヨウサケの親魚がどのようなタイミング(水温、塩分、流向流速、光量など)でアルタフィヨルドからアルタ河に入るか、および2)同様にどのようなタイミングでスモルトが降海するかを把握することでした。この目的を達成するために、河口からフィヨルド(湾)口にかけて、計65台の設置型受信機(Vemco社:VR2、VR2W)を使用して、いわゆる“カーテン”を5つ設置しました。この65台は、大型の調査船で1週間かけて設置しました。    アルタフィヨルド内の7つの定置網に入ったタイセイヨウサケ親魚16個体を買い上げ、すぐに船上で発信機をつけて放流しました。アルタ河に設置されたトラップで捕獲された野生スモルトと飼育スモルトは、合わせて120個体に発信機をつけて放流しました。発信機は、Vemco社とTelma社(www.thelma.no/index.php?parent=13&groupid=27)の発信機を使用しました。後日、65台の受信機からデータがダウンロードされるのが楽しみです。

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北極圏に位置するアルタ。アルタフィヨルドを囲む山々の頂には、まだ雪が残っていました。北極圏とはいっても暖かい日もあり、半袖で過ごすこともありました。

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アルタ河を移動するときには、River Boatを使用しました。釣り人は、このボートをレンタルしてタイセイヨウサケに挑むそうです。

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アルタ河に設置されたトラップ。毎日朝夕の2回、スモルトをトラップから回収しました。夏とはいえ、北極の水は冷たい。

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発信機が腹腔に埋め込まれたタイセイヨウサケ。調査には、全長1m程度のサケを使用しました。

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23時ごろに定置網を引き上げる漁業者。北極の夏は、太陽が沈みません。一日中明るいため、調査は早朝から深夜までおこなわれました。

揚子江 − ポーヤン湖のスナメリ音響調査 '07春 

2007年6月25日 報告書 木村里子(京大院・情報)

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Fig. 1 砂砂利運搬船の航路横を泳ぐスナメリ。揚子江のスナメリは日本のスナメリより少し小柄で、色が濃い。

スナメリ(Neophocaena phocaenoides, Fig. 1)は、他のイルカと同様、エコーロケーションのためにソナー音を頻繁に発している。つまり、超音波発信機を取り付けなくても自ら背景雑音の少ない超音波域の音を発してくれるわけで、ソナー音を受信できる機器を用いれば受動的に音響観察が可能である。そういう意味では非常に観察に向いている動物といえるだろう。

揚子江には2千年以上前からスナメリとバイジー(ヨウスコウカワイルカ)という2種類のイルカが生息していた。しかし、近年経済発展に伴う環境汚染が急速に進み(Fig. 2)、バイジーは絶滅した(のではないか)と言われているし、スナメリも近年個体数が激減しており、バイジーと同じ道を辿るのではないかと心配されている。

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Fig. 2. ポーヤン湖にて撮影。建設用の砂砂利が大量に掘削されている。掘削用のクレーンは延々と並び、さながら新手のモンスターのようであった。Fig. 1のような運搬船が数100km先の上海まで砂砂利を運ぶ。

2007年5月、中国揚子江の中流域に位置するポーヤン湖と揚子江の接続域においてスナメリの音響調査を行った。ポーヤン湖は中国一大きい淡水湖だ。水量の多い時は琵琶湖の7倍の面積になるとも言われる。揚子江のスナメリは接続湖のうち比較的大きいポーヤン湖とトンティン湖でも観察されているため、湖と揚子江における移動(もしくは回遊)等を評価する必要がある。今回の調査では、定点と曳航式の調査を同時に行い、長期的・広域的にモニタリングを行った。定点モニタリングで個体の移動を、曳航モニタリングで生息個体数を知ることが出来る。音響データロガーにはML200-AS2(マリンマイクロテクノロジー社)を用いた(Fig. 3)。

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Fig. 3 音響データロガーMl200-AS2(マリンマイクロテクノロジー社製)。左が曳航用、右が定点用である。形状は異なるが、機能はほぼ同じ。高周波の水中音を録音する。

定点モニタリングでは、航路標識として湖に浮かぶブイにロガーを設置し、連続6日間の録音に成功した(Fig. 4)。現在最長3週間の連続録音に成功し、その記録を延ばそうと、音響ロガーは独り揚子江で継続録音中である。

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Fig. 4 (左)データロガーを航路標識ブイに設置した。船頭のおじさんも心配そうに見守っている。(右)6日間の連続録音に成功した。皆嬉しそうである。

曳航モニタリングでは揚子江とポーヤン湖の接続域を数日かけてモニタした(Fig. 6)。音響データロガーを曳航しながら調査船前方で同時に目視調査も行った。両手法を併用することで、捕捉率を上げ、より正確な個体数を推定する。

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Fig.5. 曳航モニタリングの様子

調査は全行程が順調に進み、音響データは十分に得ることが出来た。今後も、IHBの調査員らと共同で定期的にデータを取得し、年間のデータを得てスナメリの季節的な個体数・移動行動の変化を調べ、個体群動態を明らかにしたいと考えている。

百島でのVR2の受信範囲制御試験

2007年6月23日 報告書 安田十也(京大院・情報)

 2007年6月11-12日に(独)水産総合研究センター百島実験施設で超音波テレメトリーの受信範囲を調節する実験を行った。この実験は、ナルトビエイのアサリ食害対策案の試験を行うための予備実験で、本調査は120×42平方メートル(最大水深約2m) の実験池に4-6つの実験区の設置を予定している。各実験区の設定を忌避物の有無などにより変えることで、ナルトビエイへの忌避効果を比較するものである。そこで、供試個体が各区画にどれだけ滞在したかを記録できるように、受信機の受信範囲を絞ることが予備実験の課題となった。

 朝7時に大学を出発し、百島へ到着したのは午後1時であった。百島への移動手段はフェリーのみであるため、最終フェリーが出る翌午後3時までの約26時間が我々に許された時間となった。この実験では、受信機(VR2)を断熱材で覆って受信範囲を狭めようと試みた(写真2)。断熱材をつけたVR2を実験池の池岸に固定し、発信機(V9-6L)を10分間隔で10mおきに移動させ、各VR2の受信率の変化を調べた。はじめに、使用予定である6機のVR2の受信感度の違いと配管用の断熱材によりどれほど受信範囲が絞られるかを調べた。これにより、ハイドロフォン部を配管用の断熱材で遮蔽することで、本来は半径300m程ある受信範囲をこの実験池では20-50m程に制御できることが分かった。

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左より写真1〜4

 はじめの実験を終え、職員の方々が作ってくださった百島スペシャルカレーを頂いた。夕食を終えて、すぐ次の実験を始めた。午後の実験で受信感度がほぼ同じであった受信機を使って、断熱材の素材と覆い方にバリエーションを持たせて、受信範囲を15mまで制御することを目指した。夜の実験は0時過ぎまで続いたが、気温が下がったせいもあって、昼の実験よりかなり楽だった(写真3)。

 翌日は、理想的と思われた方法を使って本番さながらにVR2を配置して試験を行った(写真4)。しかし、全てのVR2で受信されず、いくつか考えられる原因と課題が残る結果となった。

タイ国プーケット海洋生物学センター副所長来日

2007年6月14日 報告書 荒井修亮(京大院・情報)

SEASTAR2000並びにジュゴン生物学調査(DBS)のカウンターパートであるタイ国海洋沿岸資源局の中核研究機関であるプーケット海洋生物学センターの副所長ご夫妻一行が来日されました。京都を拠点に京大博物館、琵琶湖博物館、大阪海遊館、鳥羽水族館並びに須磨海浜水族園を視察された後、東京へ移動、築地市場及び国立科学博物館の視察を行いました。築地市場では早朝に行われる生鮮マグロの競りを見学しましたが、世界中から集まったクロマグロは圧巻でした。

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鳥羽水族館のジュゴン水槽のバックヤード。右端が鳥羽水族館古田館長。

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築地市場の生鮮マグロの競り。左からスラサック研究員、ソムバット副所長及び同夫人、右端が案内をしていただいた東京都の担当者。

シリキットダムでの水質・環境調査を行う

2007年4月19日 報告者 中村昂章(京大院・情報)

 前回の、メコンオオナマズ追跡調査のため2006年12月に行った事前調査を受けて、2007年3月14日から20日にかけて再度タイ国ウッタラディット県に位置するシリキットダム湖での調査を行いました。今回の調査では、主に湖全域の水深、酸素濃度、および透明度を計測しました。調査の参加者は、日本から荒井先生、三田村博士(情報)、私で、現地より内水面水産試験場のthaveeさんに御協力いただきました。

 湖の広さは約237平方kmと広大で、主に西湖と東湖に分かれています。また西湖は縦長の形成で北部には源流となる川が流れ込んでいました。調査は現地の管理者の方々とスピードボートに乗って行いました。これは、現地で一般的に利用されている漁船とは異なるもので、比較的スムーズに調査を行うことができましたが、それでもあまりの広大さのため、出発地である湖南西部より源流部である北部にたどり着くまでは2、3時間はかかりました。ですが、これを一般の漁船で行っていたらと思うと日が暮れても終わらなかったのではないかと思います。

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図1.水質調査の様子

 現地の水質は比較的クリアーで、透明度は約3.5mもありました。また、水深は全域にほぼ亘り平均50mから70m程度と大変深く、出発地である岸際より20mほど離れた部分でさえ60m近くある急深の様子が見られました。 また、湖北部から流れ込んでいる源流部にいくほど、水深は浅くなっていき、水の色もメコン川のような砂色が見られました。このあたりでは、川を水牛が渡っていたりと壮大な景色が広がっていました。

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図2.上流部の風景

 このシリキットダムは、地元の方の生活に根付いたダムであり、ダムの岸際には、水面に浮かぶ家屋やお店までありました。また、漁師小屋や定置網なども多く見られました。ですが、同行して頂いたダム管理者の方によると密漁者なども多いため、調査中にも漁業者に声をかけながら取締りをおこなうわけですが、自動小銃片手に取り締まる様子はなかなか見られる様子ではないと思いました。

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図3.水面に浮かぶ商店

 次回からの調査では、このダム全域に受信機を設置し、メコンオオナマズの追跡調査が本格的に始まることになると思いますが、なにぶん広大な湖なのでどのようになるか今から非常に楽しみです。

南極キングジョージ島でのペンギン調査

2007年3月16日 報告者 國分亙彦(総合研究大学院大学)

 2006年12月1日より2007年1月31日まで,南極半島沖のキングジョージ島へ,3名(極地研・高橋さん,帝京科学大・森さん,総研大・國分)でペンギンの野外調査に行ってきました。その様子を報告します。

 南米大陸最南端の都市プンタアレナスから3時間,あまりの旅の短さに,南極へやってきたという実感を抱けぬまま,我々は輸送機でキングジョージ島の滑走路へ着陸した。目的地の韓国基地へは,滑走路に面した砂浜からゴムボートに乗って10kmほど海上を移動する。氷に覆われたなだらかな島をボートの上から眺めていると,南極へ到着したのだという感慨が,やっと後からついてきた(図1 )。

http://bg66.soc.i.kyoto-u.ac.jp/biologging/wiki_image/kokubun/kokubun_1.jpg 図1. キングジョージ島の韓国世宗基地。背景は島の氷河

 我々が調査を行ったペンギンの営巣地は,韓国基地から約2km離れた小さな岬の上にあり,ここでは,ヒゲペンギンジェンツーペンギンという2種類のペンギンが繁殖している。様々な種類のデータロガーを用いて,両種の餌採り行動の特徴を明らかにすることが今回の調査の大きな目的である。中でも,海上でのペンギンの位置情報を取得できるGPSデータロガーの使用は,我々にとって初めての試みであり,本調査の1つの目玉であった( 図2,図3)。

http://bg66.soc.i.kyoto-u.ac.jp/biologging/wiki_image/kokubun/kokubun_2.jpg 図2. 背中にGPSデータロガーをつけたジェンツーペンギン

http://bg66.soc.i.kyoto-u.ac.jp/biologging/wiki_image/kokubun/kokubun_3.jpg 図3. 背中にGPSデータロガーをつけたヒゲペンギン

 我々が生活していた韓国基地からペンギンの営巣地へは,片道30分程かけて海岸沿いを歩いてゆく。午前中に,餌を採りに出て行きそうなペンギンにデータロガーを装着し,夕食を摂るため夕方には一旦基地へ帰る。その後再び営巣地へ出かけ,海から帰ってくるペンギンを待ち構えてロガーの取り外しを行い,日暮れ(といっても,22:00過ぎまで明るい)頃になると仕事を終えて帰途につく。営巣地へと続く雪渓を,餌採りにゆくペンギンと共に往き来するのは,まさに「通勤」といった雰囲気である。

 夏まっさかりのキングジョージ島は,私が想像していたよりは暖かな気候で,調査も順調に進んでいった。気温はほぼプラスのまま経過し,雪よりも雨の降る回数の方が多かった。ただし時には猛烈な吹雪に見舞われることもある( 図4)。こうなると野外調査はなす術もなく,基地内で停滞である。数分前まで穏やかだったのに,突如強風が吹き始めることもあり,決して油断できない。このように,南極の持つ厳しい一面も体験した。

http://bg66.soc.i.kyoto-u.ac.jp/biologging/wiki_image/kokubun/kokubun_4.jpg 図4. 吹雪の日の基地

 韓国基地での滞在も終わりに近づいた,ある晴れた日に,近くの山へ登ってペンギンが餌を採りに行く海を見おろしてみた。キングジョージ島と南極半島とを隔てるブランスフィールド海峡が眼の前に広がり,そこには点々と氷山が浮かんで右から左へ流されてゆく(図5)。ペンギンの餌になるオキアミの群も,塊となって流されてゆくのだなあ。それを採りに行くペンギンの実態は,擬人化すれば「そうめん流し」に挑んでいるようなものなのかもしれない。流れのよい場所で待っていて,そうめんをさっとすくい取るのか。またはそうめんがたまる淀みがあって,そこをうまく利用しているのか。このような想像をかきたてながら,とってきたデータを眺めてゆけば,今後も楽しく研究を進められそうである。

http://bg66.soc.i.kyoto-u.ac.jp/biologging/wiki_image/kokubun/kokubun_5.jpg 図5. 氷山を浮かべるブランスフィールド海峡

国内の研究材料を使う

2007年3月1日 報告者 松本経(北海道大学大学院水産科学研究科)

 繁殖地をベースに海鳥を対象とした野外研究を行うためには、繁殖する鳥が多く、かつ密集している場所ほど調査地として適していると考えられます。海鳥のコロニーというと、南極のペンギンやプラネットアースに出てくるような遠い海外の孤島を思い浮かべる人が多いかと思います。国内では天売島や利尻島が知られていますが、鳥の繁殖数も面積もそれらをはるかにしのぐ巨大なコロニーが、以外にも東京都にあるのをご存知でしょうか?

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 伊豆諸島の御蔵島で繁殖しているのはオオミズナギドリといって、日本の沖合ではごく普通に目にしますが、陸で生活している私たちにはあまり馴染みがないカラスくらいの大きさの鳥です(写真1)。実は日本で繁殖する海鳥のなかで最も多いといわれています。なかなかユニークな鳥で、森林に巣穴を掘って子育てをします。飛翔には木の枝や葉が邪魔になるため、林冠から突出した高い木によじ登ってから海へ飛び出す姿をしばしば目にします。また、繁殖地の多くが日本の領海内にある、まさに日本固有種です。

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 私の研究では、子育て期間の親鳥の採餌行動を調べています。どこでどのようなエサを捕るのか、また捕った場所のエサ環境は鳥にとって良いのか悪いのかを、装着型の小型データロガーから得られる行動データと、鳥から採集する餌の情報を用いて明らかにします。また、海に出かけた親鳥がいつ巣に戻り、何グラムのエサを雛に与え、そのときの体重はどれくらいだったかを自作した設置型記録装置で毎日記録します(写真2、3)。猛暑の8月に毎日地面を掘って装置を埋設する作業や、電源となる重いカーバッテリーを両手にもって林内を何度も往復する重労働で私の体は壊れそうになります。日本のバイオロギング研究者の仕事の多くが、潜水動物に関係する中で、私の対象とするオオミズナギドリはほとんど潜水をしません。水面には降りますが、海にいるときの時間の大部分を飛んで過ごします。また驚くほどの移動能力を持ち、伊豆諸島から北海道までを子育て期間に何度も往復して雛にエサを運びます。餌はカタクチイワシなどの浮き魚類がほとんどです。 けた外れの移動能力を持つオオミズナギドリの採餌行動の潜水動物にはない面白さを、今後皆様にどんどん紹介していきたいと考えています。

シリキットダム湖で聞き取り調査

2007年2月25日 報告者 三田村啓理(京都大学大学院情報学研究科)

2001年よりタイ国と共同でメコンオオナマズ追跡プロジェクト(Mekong giant Catfish Tracking Project; MCTP)を開始しました。2007年からは、タイ国水産局の依頼により、新たにタイ国北部ウッタラディット(Uttaradit)県に位置するシリキットダム湖にて調査を開始することになりました。そこで2006年12月にシリキットダム湖を訪れ、同地の内水面水産試験場の研究者と漁業者にお話を聞きました。

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図1, 2 シリキットダム湖。

湖岸から湖を眺めると対岸が見えませんでした。タイ国研究者に湖の面積を尋ねたところ、約237km2と答えがかえってきました。これは、日本の湖で2番目に大きい霞ヶ浦(約167 km2)よりも更に大きい値です。

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図3 湖面には、多くの漁業者小屋が見られました。 図4 漁業者によって捕獲されたメコンオオナマズ。

この湖には、1984年から2006年にかけて、人工的に生産されたメコンオオナマズ種苗が計103,276尾放流されてきました。それらのメコンオオナマズは、漁業者に漁獲されています。漁獲には、網目30~40cmの刺網を使用しているそうです。

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図5 メコンオオナマズ捕獲用の刺網。

2007年から、この巨大な湖でメコンオオナマズの移動パタンを把握するためにテレメトリー調査を開始します。

アオウミガメの子供は何処へ?

2007年2月23日 報告者 荒井修亮(京都大学大学院情報学研究科)

 2000年から始まった、タイ国とのウミガメ類の保護に関する国際共同研究(SEASTAR2000)の一環として、タイ国ラヨーン県に位置するウミガメ保護ステーションでアオウミガメの未成熟個体の回遊追跡を行いました。同ウミガメ保護ステーションは、元々、タイ国王室のプロジェクト(クイーンズ・プロジェクト)として王室が所有していた無人島(マンナイ島)にウミガメ類の保護と培養を行う施設として発足しました。以後、水産局の管轄から海洋沿岸資源局の管轄に変更され現在に至っています(図1)。
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 SEASTA2000の成果から、産卵後のアオウミガメの回遊経路について、アルゴス送信機によって大略を理解することが出来ました(図2)。 http://bg66.soc.i.kyoto-u.ac.jp/biologging/wiki_image/arai/070223/Fig_2.jpg

しかし、同保護センターで保護・育成された未成熟個体の天然海域への放流後の生態については未解明な課題であり、今後のウミガメ類の保護・培養をすすめるに当たって、避けては通れない課題となっています。

 今回、同ウミガメ保護センターで育成された3匹のアオウミガメ未成熟個体(2個体は育成15ヶ月、1個体は3年)にWildlife Computer社製の最新のアルゴス送信機(Spot5)を装着して回遊を追跡しました(図3)。
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12月19日にマンナイ島から放流、アルゴスからの位置情報の連絡(アルゴスのEmailサービス)を待ちます。最初の連絡が緊張する一瞬です。というのも、送信機の不調と脱落、放流直後の捕食等々、予期せぬ状況でデータが取れないことが良くあるからです。  育成15ヶ月の個体の内、小さい個体(体重4.8kg)からの信号は放流後数日で途絶えてしまいましたが、大きい方の個体(体重5.0kg)は1月29日まで信号を得ることが出来ました。残る育成3年の個体(体重10kg)からの信号は、現時点(2007年2月20日)得られています。これらの結果については、次回のSEASTAR2000シンポジウムにおいて、タイ人研究者から報告がなされる予定です。

オーストラリア・ミナミマグロ調査日記(1)

2007年1月26日 報告者:河邊 玲(長崎大学 環東シナ海海洋環境資源研究センター)

 2002年12月,オーストラリアCSIRO Marine and Atmospheric ResearchのAlistair Hobday博士とミナミマグロ未成魚の回遊動態の解明に関する共同調査を開始した.以来,オーストラリアの夏季に5シーズン,調査を継続している.調査場所は西オーストラリア州Albany(昔,捕鯨基地として栄えたらしい)の東方海域(118.5-120.5E)である.2005年12月に実施した標識放流調査の概要を日記風に報告したい. この調査の流れをまず知っておいてもらいましょうか. (1)調査準備(機材を船に積み込み等)・受信機係留 (2)標識放流調査第1弾(Albany東方海域:南西海域) (3)標識放流調査第2弾(Albany西方からルーイン岬(C. Leeuwin)の海域) (4)標識放流調査第3弾(C. Leeuwin北方の海域) の順で,12日間の調査を実施しました.

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 11/29に福岡からシンガポール経由でパース到着。この調査の共同研究者であり友人でもあるAlistair Hobday博士と合流.調査船の待つAlbanyへさらに空路で移動しました. 翌30日は朝から大忙しでした.翌日の出港に備えて,調査機材のチェックと積み込み,それに受信機係留の準備作業であっという間に1日が終わりました(毎年のことですが).久々の運動でいい汗かいたと言いたいところですが,とにかく2トントラックに満載の機材(約300個の浮子,70台の音響受信機・切り離し装置,大量のワイヤー,シャックル類等)を2人でトラックに積み込み,船まで運んでおろす作業は大変でした(図1).その夜は調査船(現地の漁船を傭船)のQuadrant号の船長Geoff、Alistairとの再会を喜び、ディナーを伴にしました.

 12/1早朝出港.この日から3日間は受信機(VR2)の係留作業に終始しました.受信機は東西方向に約120 km間隔で,沿岸から沖合方向へ各受信機間の距離を1.5kmで直線状に20台を1セットにしてカーテン状に3ラインで61台,ならびに沿岸域に存在する3地点のホットスポット(いわゆる‘瀬’)に3台ずつ,合計70台を係留しました.受信機の位置が海面から25mにくるように浮子4-5個で立ち上げて,受信機の下にはこの調査のために新規開発した切り離し装置とタイマーを配置して,アンカーで固定しました. 最初の2日間はいつもそうなのですが船酔いでひどい目に遭いました.まあ,毎年のことですが,最初の2日間だけで復活して,食事が美味しくなるので不思議なものです.Southern Oceanでは常に南からの強風とうねりで,船はいつも激しく揺れています.

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 12/4からの3日間,Albanyの東方のBremer Bayまでの海域で,標識用のミナミマグロの捕獲と発信器装着作業を行いました.船長のGeoffの長年の勘に導かれて,沿岸近くの‘瀬’をトローリングしながらマグロを探索します.マグロが釣れて,状態がよいと腹腔内に大人の小指大の超音波発信器を挿入して,背びれ付近に簡易タグを取り付けて放流します(図2).

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 一般的に,マグロは群れていることが多く,トローリングの針には2-3個体と同時にかかることも珍しくありません.マグロがかかるとGeoffは船を200〜500mほどの円を描くように操船して,2名のクルーが餌をまき散水します.うまくいくとマグロは船に付きます.こうなるとしめたもので,クルーたちが船尾でジギングや餌釣りを始めるとマグロがどんどん釣れます(図3).

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過去には一度に100個体ほど捕獲したこともあります.この海域で40個体程度のマグロの標識放流に成功しました.夕刻になるとビーチや島の近くで錨泊します.皆,思い思いに夕食までのリラックスした時間を過ごします.Geoffやクルーは船のエンジンの調整.クルーたちはそれから解放されると釣り糸を垂れて,アオリイカやコウイカなんかを釣ってくれます.これらがディナーをにぎわすこともしばしば.私やAlistairはその日の調査のデータ入力や翌日の準備をして過ごし,ワインなど頂きながら,Geoffが作ってくれるディナーを待ちます(図4).

オーストラリア・ミナミマグロ調査日記(2)

2007年2月23日 報告者:河邊 玲(長崎大学 環東シナ海海洋環境資源研究センター)

 12/7午前で東方での標識放流調査を終えて、一旦、給水と食料積み込みのためにAlbanyに寄港することになりました。午後から猛烈に風が吹き始めて、海は大時化。いつもは10ノットくらいで航走するのですが、波高は5mを超えて、6ノットくらいでしか走れなくなりました。それでもトローリングを続けていると、カツオがかかりました。夕方までにAlbanyに寄港、その夜は皆で久々に「シャバ」の味を楽しみました。

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 12/8の朝にAlbanyを再出港。オーストラリア西岸のFremantle(西オーストラリア最大の都市Perth最寄りの港)を目指します。12/8-9はAlbany西方からルーイン岬(C. Leeuwin)までを航走しながらマグロの捕獲を試みました。この調査は今年で5年目ですが、Albanyから西は初めての調査海域でした。マグロは順調に捕獲できて、放流個体数を増やしていきました。連日、海況は比較的良い方でしたが、曽根周りでは波が激しく砕けていました(図1)。トローリングでは、マグロ以外もよくかかります。こんな大きなヒラマサ(図2:Yellowtail King fish)も捕獲。

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 12/10、オーストラリア大陸南西端のC. Leewuinを越えました。クルーたちの話によるとこの場所は荒れる海域で有名だそうです。南岸を西進している間は、ずっと南風に伴う南からのうねりの中を激しくローリングしながらの航行でした。ルーイン岬をかわして、進路は北に、つまり南からのうねりに波乗りしていく進路に変わりましたので、楽ちんでした。この海域で1個体の放流に成功。画像はルーイン岬灯台(図3:中央上部の円内)。夕方、ルーイン岬北方のこの海域唯一の錨泊地点へ。サメ漁の漁船が3艘ほど集まっていましたね。夕日がとてもきれいでした(図4)。

 12/11、C. Leeuwin北方の錨泊地から、北へ向かいつつマグロの探索開始です。この日の午前は、極めて暇でした。マグロはかからないし、べた凪、しかも北に進むにつれて、風もなくなり穏やかな天気。かなり眠かったですね。昼過ぎにC. Naturalisteを通過。うとうとしていたそのときでした、マグロヒット。この海域で11個体に発信器装着しました。その後、わずかに海底地形の隆起した「瀬」周りで、さらに6個体を追加。   http://bg66.soc.i.kyoto-u.ac.jp/biologging/wiki_image/kawabe/kawabe_2_5.jpg

 12/12、C. Naturaliste近くのEagle Bayを早朝出発(6:00発)。前日、マグロが釣れた海域を探った後、進路は北へ。調査最終日となりFremantleを目指しました。この日は快晴、しかも海況もよく、しかもマグロはかからず眠くて眠くて。10:00過ぎにクジラを見ました。お昼前にマグロを3個体捕獲。いずれにも発信器装着に成功。これで合計74個体放流したことになりました。お昼12時過ぎにGeoffの一声で12月の調査終了が告げられました。皆でわいわいと雑談(図5:左からRyan, Geoff, Alistair(共同研究者))。調査がうまくいったので、話も弾みました。この日の日差しが強かった。順調に航行を続けて、20:00にFremantle港着。久々の都会のネオンにすっかりなじめず。片付けした後、皆で港の近くのバーに行き、ビールで調査の成功を祝いました(完)。

2006年の野外活動レポート

オオアジサシは潜るのか?

2006年12月27日 報告者 加藤明子・Ropert-Coudert, Yan(国立極地研究所)

データロガーがどんどん小さくなってくると、これまでにはつけられなかった動物にも、とりあえずつけてみたくなってくる。2006年11月リトルペンギンの調査のために訪れたオーストラリアのフィリップ島でオオアジサシ(Crested tern, Sterna bergii)に世界最小といわれるロガー(2.7g, Cefas G5)をつけてみることになった。アジサシは空中からねらいをつけて海に飛び込み小魚を捕まえる。同じような方法で飛び込み潜水をして餌をとる大型のカツオドリは最大34mも潜ることがわかっている。オオアジサシは翼を広げると1mにも達するが体重は300g位しかない。彼らは何m潜るだろうか?

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まずは捕獲が難しい。営巣地にズカズカと近づいてタモ網で捕まえる方法では営巣地がパニックになり、常に周りで待ちかまえているカモメにとってタマゴと雛の食べ放題になってしまう。そこで、長い棒の先にフックをつけたものとザルをつけたものとタモ網を用意した。3人がそれぞれ手に長い棒を持って、そうっと匍匐前進で近づいていき、ひとりが巣にいるアジサシの首にフックをかけて手前に引き寄せたところで、もうひとりが網をかぶせて捕まえ、最後の一人がタマゴや雛を守るために巣にザルをかぶせることにした。炎天下、岩がゴロゴロしたところを這っていくのはつらい作業だったが、何とかうまく鳥を捕まえることができた。ロガーは尾羽にテープで巻き付け、営巣地の近くで放された鳥はしばらくすると何事もなかったかのように巣に戻っていった。数日後、同じように鳥を捕獲しロガーを回収した。予想通り潜水深度はとても浅く、パッとみただけではそれが潜水だかノイズだかわからないようなデータではあったが、とにかくオオアジサシの初めての潜水データを得ることができた。

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揚子江チョウコウチョウザメの行動調査

2006年12月26日 報告者 内藤靖彦(国立極地研究所名誉教授・バイロギング研究所)

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 中国の揚子江山峡ダム周辺におけるチョウコウチョウザメ(Acipenser dabryanus)の調査に参加した。調査の目的は、三峡ダムの建設に伴う三峡ダム上流への人工種苗幼魚の放流後の行動調査と三峡ダムの下流にある葛州場ダム直下にある産卵場周辺での産卵行動の調査である。チョウコウチョウザメ行動調査は中国水産科学院長江水産研究所と東京大学海洋研究所が共同で行っているもので、2004年の春から開始され、今年が3年目(3回目)になる。最初の年と2年目は3月に人工種苗(幼魚)の放流後の行動調査を行ったが、今回は10月末〜11月初めの産卵期に合わせて出かけて、初めて親魚の産卵行動の調査を行った。日本側からの参加者は東京大学海洋研究所の宮崎教授他筆者を含め3名と中国側からは実質6~7名ほどが参加した。

 チョウコウチョウザメは、かつては揚子江全般に見られ、産卵場はダム建設が始まるまでは上流にも多く見られたといわれているが、現在はダムにより上流への遡上を阻まれ、親魚がダム上流に姿を見せることはないといわれている。親魚が遡上するのは三峡ダムの下流数10kmにある葛州場ダムまでで、産卵場もはっきり確認されているのは、今回調査を行った葛州場ダム下から数kmの範囲に見られるだけといわれている。産卵は水温が急速に低くなる(<16℃)10月20日〜11月10日頃といわれ、低質も小石よりやや大きい礫の間に産卵するといわれている。ここ葛州場ダムから下流数kmの範囲は、人工種苗育成のための親魚を確保する大事な場所でもある。捕獲は、長江水産研究所が政府から特別許可を取って地元の漁船に依頼して行ない、年間30尾位を確保しているとのことである。体長4~5mの親魚をどうやって捕獲するのかは興味津々というところであるが、残念ながら我々は漁師さんの船に乗ることはできなかった。どうやら漁法は引っ掛けつりのようで、針を数百つけた延縄を写真のような漁船が二艘で引きながら、チョウザメを引っ掛けて捕獲しているという。チョウザメは1~2日に1尾のペースで捕獲され、我々はほとんど待つことなくチョウザメに持参した自動切り離し式記録計(遊泳速度、水温、水深、2軸加速度)を装着することが出来た。チョウザメは捕獲されると漁船の舷側に括り付けられ岸に運ばれてくる。大きさや性別、雌の場合卵の熟度を見るためのサンプリングが平行して行われたが、この20~30分の作業の間もチョウザメは暴れるどころか動くこともなく作業は驚くほど簡単にスムースに進められた。動物の保定を心配したが、全くの杞憂であった。

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 今回の調査はでは我々が持参した2セットの装置(行動データロガ−、VHF方探、ピンガ−、タイマー切り離し装置)を繰り返し使い、計4回の装着実験を行なった。記録時間は24時間と48時間をそれぞれ2回行なった。当初の計画では装着後直ぐに我々持参のピンガ−で魚を連続して追うこととなっていたが、現地には定置式の音波受信機がダムから5km毎に設置され親魚には中国側がピンガ−が独自に装着したため、今回は魚の連続追跡は行なわず、我々のピンガ−も切り離し後の回収用にのみ使用することとなった。実験は、小型の調査船2隻を使った長江水産研究所の効率的な作業により極めて円滑に進んだ。作業的には全く問題はなかったが、しかし、大きな問題が別のところから発生した。今回の4回の実験の内、回収に成功したのは2回であったが計画通り切り離し直後に回収できたのは1回だけであった。前回の100%回収(4回)で得た自信が大きく崩れてしまった。何故回収に失敗したのか。大きな課題が残った実験となってしまった。既に幼魚で成功している我々にとって、今回の大型の親魚に装着する実験ではシステムの大きさは全く問題にならないと言う安心感があった。放流後一日に何回か定置受波機により魚の存在も確認され、我々は回収に全く疑念を持たなかった。しかし、回収に失敗した2個体については切り離し時間が過ぎてもVHF、ピンガ−(我々が持参したピンガ−)から何の信号も受けられず、何時間もの探索によっても感度ゼロであった。回収に成功した1個体は下流の岸に打ち上げられていたシステムをVHF方探により回収に成功したものであり、回収システムが完全に作動したものではなかった。回収に失敗した理由は、回収に成功したシステムから明らかになってきた。回収に成功したシステムの浮力材の前方表面にかなりの擦り傷が発見されたのである。これは多分チョウザメが産卵行動で河川床の擽に躯反転させて擦り付けた時に出来たのであろうというその場での結論になった。この時浮力材ごとシステムはチョウザメの躯から外れたのであろう。システムを装着する際、装着部位を気にすることもなく、中国側が装着したピンガ−のすぐ後ろの背中の中央やや前方に装着した。もっと躯の後方に装着しておけば良かったと今は反省しきりである。我々が切り離し時間に待機している頃にはシステムはとっくにチョウザメからはずれ、遥か下流に流されていたのであろう。次回からはシステムの装着部位をもっと躯の後方にする方が安全に思われる。今回の調査のもう一つ問題は、長江の流れの速さである。調査を行った葛州場ダム周辺の流速は2m/sはあり、探索している間にもどんどん流されるという状態である。次回の調査では2隻の調査船にVHF受信機やピンガー受信機をそれぞれ用意し、上流と下流域で同時に探索することが必要と思われた。

マングローブクリークでチャイロマルハタの行動を追跡する

2006年12月19日 報告者 中村 昂章(京大院情報)

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タイ国南部、アンダマン海側に位置するトラン県には、広大な自然溢れるキャンパスを有するラジャマンガラ工科大学があります。今回は、このキャンパス内のマングローブ林を流れるクリークにて、11月11日から16日までの間、日本から私、荒井先生、博士課程の横田さんが、またタイからはアジア工科大学の池島先生、ラトビア共和国からの留学生であるマティスさんとエリックさんが参加し、共同でチャイロマルハタのバイオテレメトリー調査を行いました。また現地の専門家として、ラジャマンガラ工科大学のプラサート先生にもご協力頂きました。

 調査は、コード化超音波発信機(Vemco社製 VR9)10個と設置型受信機(Vemco社製 VR2,VR1)9台、追跡型受信機(Vemco社製 VR100)を用いて行いました。クリーク内に設置型受信機9台を設置した後、調査地で採取された天然のチャイロマルハタ10尾の腹腔内に発信機を装着したものを放流し追跡しました。今年の夏に行われた関連調査では潮汐にその行動が影響されることが示唆されていました。放流直後に追跡型受信機を用いて追跡を行った結果、供試魚の多くは放流地点の底部に定着していることが分かりました。同時に行った水質調査では、上流部から河口部にいくほど、水温、酸素濃度が高くなっていることが分かりました。

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 また、2日後に設置型受信機のデータをダウンロードし、同時に追跡型受信機を用いてIDを照らし合わせながら再度追跡を行ったところ、供試魚のうち、比較的大型のものは夜間に移動し、他の場所に定着にしているものが見られました。特に移動したものは放流地点より下流部に見られましたが、一度下流に下って、再度放流地点付近まで戻ってきている個体も見られました。その一方で比較的小型〜中型のものはほとんど移動せず放流地点にそのまま定着している様子が見られました。現在も引き続き設置型受信機による追跡を行っており、今後のデータ解析では、取得したデータと水質、潮汐との関連を明らかにしていきたいと考えています。これにより、どのような生態行動が明らかになるか非常に楽しみにしています。

タイで食中毒を経験!

2006年12月22日 報告者 坂本志磨子(京都大学大学院情報学研究科)

11月17日午前3時
いつもより早く目覚める。なんだかおなかが痛い。
電気つけっぱなし、冷房かけっぱなしの中、布団に入らず、寝たためか?
とりあえず、全て消し、上着、靴下をはき、布団の中に入る。しかし、全く治る気配はなく、どんどん痛くなる。
これはおかしい!!トイレ直行。下痢に嘔吐・・・トイレとベッドを往復。
異国の地、タイで、これまでの25年間の人生で経験したことのない腹痛に襲われる。
これはなんだ。食あたり??盲腸???
「尊師」(ジュゴン調査では、スーラム教を開祖され、毎回調査時には尊師の「は〜っ」という一言でジュゴンが出現している。本名:新家さん)のお顔が脳裏に浮かぶ。(尊師は前日すでに食中毒にかかっておられ、孤独な戦いをされていた)
これだったんですね!悶絶とは!!昨日はごめんなさい!分かってあげられなくてごめんなさい。
懺悔・・・

理解できない痛みに不安になり、食あたりなら同じように起きて、苦しんでいる人がいるはずであると考え、部屋の外に出て、仲間を探してみる。電気のついている部屋を探してみる。
おおおお!市川さんの部屋は電気がついている!ただ、市川さんは寝る時はいつも電気つけっぱなしらしい。起こさないように、軽くノック。立っているのがしんどくなってきて、しゃがみこむ。
と、市川さんが出てきた!起きてはったらしい。

=========================市川さんのblogから抜粋======================
「真夜中の訪問者」
深夜3:30。
なぜか目が覚めてしまったので、何か作業でもしようかと考えていたときのことでした。
トントン・・・。か細いノックの音。その後名前を名乗ることもなく、追加のノックもありません。
少々ビクビクしながら、窓から外を確認してみると何か黒い塊が蠢いているのが見えました。
とりあえずヒトっぽいのでドアを開けてみると、うずくまってうめくSまこ。 「うぅぅ、お腹イタイんです・・・」
原因は食中毒でかなり深刻な状況のようです。
すぐさまベッドに寝かせて看病するも、「イタイイタイ」と悶絶しているばかり。そのまま朝まで苦しんでおられました。
=============================================================

おなかが痛いことを告げる。胃が痛いので盲腸ではないらしい。その後も下痢、嘔吐を繰り返し、腹痛で「痛い」という言葉しか出てこない。胃がぎゅーーーーーってひねりあげられてる感じ。
正露丸を3錠のむが嘔吐のたびに1錠ずつ体外へ・・・
で、市川さんが原さんに頂いてきてくれた抗生剤をのむ。2錠飲んだが、1錠は嘔吐・・・
しかし、その1錠が効いたのか、眠れるようになる。
トイレとベッドを往復し、そうしている間に朝7時に。
朝ごはんの時間になって分かったことは、5人同様の症状が出ているらしい。
食中毒か。今日の調査はオヤスミさせてもらった。寝る。
午前9時半、奥村さんに看病してもらい、少々おかゆを食べる。
いであの人々を見送りに行く。いであの4人中堤さんを除く、3人は食中毒の悶絶犠牲者。 みんなで話しはしているものの、犠牲者は静かになるたびに「はぁ~」とため息。

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図1. 5人中3人はこの時、既に悶絶後。

そして、部屋に戻る。寝る。寝る。寝る。
昼になって、残ったおかゆをレストランに返して、また新たに作ってもらったおかゆを食べたいとタイの人に告げる。
が、英語が上手く通じず、朝のおかゆの残りを食べることに。

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図2. 17日の朝食&昼食で食べたおかゆ。

もうこの頃になると、元気も出てきて、食欲も出てきた。同じ症状だった、天本さんも元気になってきた。
しかし、元気だった奥村さんの元気がなくなってきた。
そして、朝は元気に調査に行って帰ってきた人たちも昼頃からおなかの調子が悪くなったらしい!
そして、結局、症状は少しずつ違うが、タイ人も含め、ほぼ全員が腹痛に。

昨晩の晩御飯は、ホテルのレストランで、焼き魚、フィッシュボール、練り物、スープ、エビの揚げ物、焼き飯、ごはんだった。犯人はどれだったのか???
一説によると調査でお世話になっているバンパオ船長のお姉さん作のランチが原因だったという話も。ちなみに16日のバンパオランチはシーフード入りのカオパと野菜スープだった。これがまた、結構美味しかった。がっついた。

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図3. 16日の船上でのバンパオランチ。これにあたったか?

食中毒後、ホテルのレストランへの経済制裁が発令され、ほぼ全日外食。
ノーシーフード、ノーヒットフード(あたらない食事)を合言葉に安全だと思われるものを食した。(完)

最近はノロウィルスがはやっています。
食中毒の時は下痢止めを飲まず、水をがんがん飲みましょう。

以下、時系列で調査チームの食中毒発症時間を書いてみた。(敬称略)
0時半 天本
3時  小谷、坂本
4時半 勝越
5時  中西、サディー
9時  エム
11時  市川、新井
12時  堤
13時  奥村・・・尊師曰く食あたりというのは悶絶するほどの痛みを伴うから、君は動けているから違うよ。と食あたりに認定されず、そのまま働き続ける。しかし、腹痛あり。部屋で寝る。しかし、やもりとの闘いで体力消耗。寝れず・・・
18時  奥村・・・発熱!やもりを避け、坂本の部屋で就寝。実は坂本の部屋にも、やもりはいた。

原、中村、藤田、横田、中村  前日ノーランチ
新家 集団食中毒前に既にエビで食中毒

加速度データロガーでウミガメ孵化幼体の動きを探る

2006年11月27日 報告者 西澤秀明(京都大学農学部)

 2006年10月から11月にかけて、石垣島において加速度データロガー(リトルレオナルド社製)を用いたアオウミガメ孵化幼体の調査を行った。 脱出直後から脱出後およそ2ヶ月までの個体を用い、羽ばたきの頻度などが成長にともなってどのように変化するかを明らかにすることを目的とした。最初の関門は、いかにして孵化幼体に加速度データロガーを取り付けるかという問題である。当然ながら、小さな孵化幼体にデータロガーを直接取り付けることは不可能である。

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図1 加速度データロガーを取り付けたアオウミガメの孵化幼体。発泡スチロールで浮力を中性に保つ

試行錯誤の結果、図1のように孵化幼体にデータロガーを曳航させることにした。これならば孵化幼体の行動を大きく制限することはないだろう・・・おそらく。同時に取り付けた加速度データロガーで本当にデータを取得できるのかどうかである。なぜならば、水槽内で行った予備実験では、思うようなデータを取得できなかったからである。 しかし、実際に海で実験を行ったところ、データが取得できることがわかった。これは、予備実験で用いた水槽が小さかったことに加え、海では孵化幼体が一生懸命に泳ごうとすることであることによるものと推察された。ともあれ、実際に海で加速度データロガーを取り付けた孵化幼体を泳がせてデータを取得することとした。さて次は、どうやってデータロガーを回収するかである。回収できずに高価なデータロガーを失うことは、研究面でも金銭面でも大きな痛手である。 そこで、孵化幼体を見失わないようにシュノーケリング(図2)と船で追跡することにした。

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図2 シュノーケルで孵化幼体を追跡する筆者。 浮輪にはGPSを取り付け、 位置を取得した

水深5m近くの潜水を行う個体もいたが、無事にデータロガーを回収してデータを得ることができた。今回、海で泳がせた孵化幼体のデータのほかに、大きな水槽内で泳がせた孵化幼体のデータも取得したので両者の比較も行う予定である。 また、潜水を行った孵化幼体については、潜水時の羽ばたき行動についても明らかにできると期待している。今後のデータ解析によってどのようなことが明らかになるのか楽しみである。

ロシア・北千島でオットセイ調査

2006年11月20日 報告者 三谷曜子(東工大・JSPS)

北海道知床半島からカムチャッカ半島へと島が連なる千島列島.そこはオットセイやトド,ラッコ,シャチなどの海棲哺乳類,そしてエトピリカやウミガラスなどの海鳥類たちの楽園である.2006年7〜9月,私はロシアとアメリカの共同調査に参加して,オットセイの生息するロブシュキ岩礁へと向かった.

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ロブシュキ岩礁(日本名:牟知列岩)は,北緯48.55度,東経153.85度にある岩礁で,トドやオットセイの一大繁殖地となっている.トドは5-7月に繁殖し,オットセイは6-10月に繁殖する.どちらのメスも授乳期間中に採餌トリップに出かけるが,その餌は魚類やイカ類などで,種間で餌の競合が起きているのではないかと考えられている.そこで,このプロジェクトではトドやオットセイの個体数カウントによる個体群動態と,データロガーを用いた採餌行動研究,個体をフィールドキャンプに搬送し,飼育実験で栄養状態,エネルギー代謝などを測定する生理学研究が行われている.

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昨年はトドの調査が行われたが,今回はオットセイのみの調査となった.オットセイのメスに三次元潜水行動を解析できる3Dロガー,胃内温度の急降下から餌捕食イベントをモニタリングできる胃内温度ロガー,そして回遊経路を知ることができるGPSロガーを6個体に装着し,無事にすべて回収することができた.オットセイのポーポイジング行動や,ぐるぐると回転しながらの潜水行動などが見られ,今後の解析が楽しみである.

北極のフィヨルドでテレメトリー調査

2006年8月4日 報告者 三田村 啓理(京大院情報)

ノルウェー王国の海岸には、複雑に深く入り組んだフィヨルドが数多ある。フィヨルドの両岸には垂直に切り立った断崖が屹立し、その頂には氷河が見える。ノルウェー王国第2の都市ベルゲンから程近いソグネフィヨルドは、世界最深最長のフィヨルドとしてあまりに有名である。7月初旬に、これらの1つオックスフィヨルド(Oksfjord)で、ノルウェー自然研究所(Norwegian Institute for Nature Research: NINA)およびノルウェー水産養殖研究所(Norwegian Institute of Fisheries and Aquaculture Research: Fiskeriforskning)と共同でタイセイヨウタラ、セイスそしてランプサッカーのテレメトリー調査をおこなった。

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(左)オックスフィヨルド。最大の水深は300m以深。(右)このフィヨルドではタイセイヨウサケの養殖が盛んにおこなわれている。奥の山頂には氷河が見える。

オックスフィヨルドは北極圏に位置するが、メキシコ湾流の影響で一年中海が凍ることはない。前述の魚種以外にもアカウオやハリバットなどが生息する魚の豊かな海である。調査中はフィヨルドと同名のオックスフィヨルドという町に滞在した。静かな港町であるが、ノルウェー沿岸急行船の寄港地であるため、寄港時間は港が少々にぎやかになる。しかし物資の積降が主で、人はほとんど乗降しない。

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(左)発信機が装着されたセイス。(右)ランプサッカー。卵が北極キャビアとして珍重される。

このフィヨルドに、設置型の受信機(VR2、Vemco社製)を約20台用いていわゆる“カーテン”を4~5つ設置した。これにより周年に亘りフィヨルド内外への魚の移動をモニタリングできる。 フィヨルド内で釣りなどによって捕獲した実験個体計45尾に超音波発信機(V13、V13P、Vemco社製)を装着し、フィヨルド内で放流した。10月に設置型受信機からデータをダウンロードする予定である。

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調査中は、白夜であった。目をフィヨルドから急峻な山々にやれば、トナカイなど多くの動物が見られた。

ジュゴンを求めて洞窟へ

2006年7月30日 報告者 市川光太郎(京大院情報)

気温30℃、湿度70%。
タイ国南部アンダマン海に浮かぶタリボン島の天候は、熱帯地方の雨季にもかかわらず、良好であった。本稿で報告するのは原武史博士、荒井修亮博士、市川光太郎院生の3名によるタイ国タリボン島における野外活動である。3日間の日程でタリボン島周辺に生息する草食性の海生哺乳類・ジュゴンを対象とした現地調査の下見をすることになっている。
===
 2006年7月17日午前9:48『天気晴朗かつ波なし』。海上でフィールドワークを行う我々にとって願ってもない状況にありながら、我々調査隊は海を尻目に高さ130mはあろうかという崖を見上げていた。崖は調査隊が立っている波打ち際から垂直に切り立つ石灰岩の巨大な塊であり、背後に広がる熱帯性植物のジャングルに突如としてそびえ立つ高層マンションのような様相を呈している(図1)。

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図1. (左)タリボン島南端部の崖。図の右下に船が写っている。(右)崖を下から眺める。今回の調査目的はこの崖に登って観察できるかどうか確認すること。

「すごいね、こりゃ。メッタなことでは登れないヨ。」
「これは、無理だな。」カシャ、カシャ(シャッター音)
「すっげー・・・」
 3名はそれぞれ思い思いの感想を口にした。数年前にシルベスタ・スタローン主演の『クリフハンガー』という映画を観たが、この崖をまともに登るとすれば、あの映画に匹敵するくらいのロッククライミングとなるだろう。今回我々は、海上のジュゴンを目視観察するための観察定点を探しに来ていた。観察定点の最有力候補として白羽の矢が立てられたのが、ジュゴンモニタリング海域近くに屹立するこの崖の頂上である。我々は、S・スタローンよろしく登頂にチャレンジし、実際に頂上からの観察が可能なのかどうか確かめなくてはならない。日本人3名に加え、タイ人スタッフ3名、現地住民2名(調査船の船長と地元ガイド)で構成された「原武史探検隊」は少々興奮しつつ、崖のふもとの密林に足を踏み入れた(図2)。

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図2.熱帯性植物の生い茂るジャングルを行く。手前から原武史探検隊長、筆者、船長、現地ガイド。

 密林を進むと我々の目の前に崖が現れた。近くまで来てもやはり崖は崖である。どうやって登るのだろうかと首をかしげていた我々に現地ガイドが示した登崖方法は驚くべきものであった。
 なんと崖には穴が開いていた(図3)。ガイドは穴の中へ進んでいく。岩石の塊に見えた崖の内部は長年の風雨の浸食により洞窟になっていたのだ。崖を垂直に登ることしか頭になかった我々一同は言葉を失ってしまった。洞窟は崖の内部を曲がりくねるように上へ続いており、我々が完全に洞窟の外に出たときには崖の8合目付近まで来ていた。

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図3.(左)洞窟の入り口。まさかこんな方法で崖を登るとは夢にも思っていなかった。写真左からカンジャナさん、ティップさん、エム、筆者。 (右)崖内部の洞窟。洞窟を出れば頂上まであと一息。写真左から、筆者、ガイド、船長・バンパオ。

 洞窟を抜けると頂上までは四肢全体を使ったクライミングとなる。鋸歯状に切り立つ岩肌にしがみつきながら少しずつ頂上を目指した(図4)。一端転ぶと身体はギザギザに切り刻まれて崖のふもとまで落ちてしまうだろう。後ろで原武史隊長の「こういう場所はネ、三点確保、三点確保」という声が聞こえる。先ほどまの洞窟までは皆驚きの声をあげ、賑やかだったがさすがにここに来て皆無口になっていた。元気なのは原隊長だけだ。なぜかかなりイキイキとされている。

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図4.(左上)クライミングしてきたルートを振りかえって撮った。写真中央に停泊中の船がみえる。(右上)三点確保中の元気ハツラツな原隊長。(左下)タイ人スタッフ・エム。筆者は彼に全幅の信頼を置いているが、彼自身は京大の女学生の一人にココロを奪われている。ちなみに彼が履いているのは高性能登山靴。サンダルではない。(右下)タイ人スタッフ・カンジャナさんとティップさん。2日かけて登頂に成功した。

 緊張と疲労で大量の汗を流しながら頂上を目指すこと20分弱、我々はついに頂上に到達した(図5)。頂上は見晴らしがよく、ここまでの疲労が吹き飛ぶような気持ちよさである。眼下にはマングローブ林やココ椰子、ゴムのプランテーション、水平線まで続く海。タリボン島の景観はなかなかのものであった。

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図5.(左上)一日目の登頂メンバー。右から2番目は我々の頼れる船長・バンパオ。座礁をものともしない豪快で勇敢な操船がウリ。彼の船は座礁しても進む。(右上)二日目の登頂メンバー。荒井副隊長は汗とともに溶けてしまい、シャツだけが残った。(左下)頂上から下を見下ろす。おっかない。(右下)頂上から見たタリボン島南東岸。干潮で、広大な干潟が広がっている。

 さて、雄大な景色に見とれるのが今回の登頂目的ではない。実際にジュゴンの目視観察は可能だろうか。海上にはあらかじめ、モニタリング予定地に目印となるブイを設置しておいた。・・・どれどれ・・・。裸眼では個人差があるものの、なんとか見えそうである。双眼鏡を使うと視野が狭くなってしまうが、ハッキリと見える。よかった。どうやら観察はできないわけではないらしい。本番の調査ではなんとかジュゴンの目視をしながら実験したいものだ。
 実を言うと、私がジュゴン研究を始めた頃に一度だけ崖登りについて尋ねたことがあった。そのときは、できるわけないと一笑に付されたし、自分でも納得していた。今回の活動にしても、実際に登り始めるまで半信半疑のままであった。やはり現地に行ってみないと分からないものである。

北極のアゴヒゲアザラシ

2006年7月17日 報告者 渡辺佑基(東京大学海洋研究所)

2002年に一世を風靡し、流行語大賞にも選ばれた「タマちゃん」は北極圏で繁殖するアゴヒゲアザラシのオスである。今回、北極圏ノルウェー領スヴァールバル諸島においてアゴヒゲアザラシを調査する機会を得た。

スヴァールバルでは、白い雪で覆われた山々の間に、長年積もった氷雪が氷河となって残っている。氷河は自重のために山の斜面をゆっくり滑り降り、やがて青い海へ張り出して絶壁を形成する。

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40馬力のボートで海に出ていると、時折雷鳴のような音が空に轟く。これは、氷河の絶壁が崩れ落ちる音である。崩れ落ちた氷河の欠片は流氷となり、ホッキョクグマが出没するこの地域において、アザラシに安らぎの上陸場を提供する。その流氷の上で、アゴヒゲアザラシは、ちょうど我々が布団の上に寝そべって雑誌をめくる時のような姿勢で、悠悠閑閑とひなたぼっこしていた。

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流氷の上で休むアゴヒゲアザラシ。奥には氷河

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ワモンアザラシもいた

さて、今回、リモコン式切り離し装置という新たな手法を用いて、アゴヒゲアザラシからのデータロガー回収を試みた。うまくいったりいかなかったりまことに一喜一憂させられたが、なんとかデータロガーをなくさずに行動データを得ることができた。来年もこの調査を続ける予定である。

オーストラリアオットセイを捕まえろ!

2006年7月14日 報告者 Ropert-Coudert, Yan(国立極地研究所)

2004年7月、オーストラリア, Deakin大学のJohn P Arnould博士とKanowna 島(39°10'S, 146°18'E)のオーストラリアオットセイの採餌生態に関する共同研究を開始した。Kanowna島はバス海峡に面するWilson岬国立公園の沖に位置し、国立公園のレンジャーのゴムボートか、ヘリコプターでしか近づくことはできない。またここは無人島で、オーストラリアオットセイ、ニュージーランドオットセイ、ハシブトカモメ、リトルペンギンとひとつがいのCape Barren geeseがすんでいる。Johnは島にテントとキャンプ道具一式をデポしており、調査中の基地とした。
http://polaris.nipr.ac.jp/~penguin/Official/Personal/Yan/stock/zones/Kanowna%20field%20report_files/image002.jpg

オットセイは島の西側の狭い斜面で密集して繁殖し、激しく人を警戒する。80-100kgのメスを網で捕獲した後、ガス麻酔で眠ったところに、データロガーや発信器を毛皮に直接接着した。3頭のメスに装着を終えたところで時間切れとなり、回収はひとりの学生に任せて島を離れた。実のところ、人を警戒するオットセイの場合、回収の方が難しく、たった一人で辛抱強くオットセイを待つことになるため、時間の制約のない学生が活躍する。彼の努力にもかかわらず再捕獲に成功したのは2頭であった。
 再捕獲がかなり難しいため、切り離し装置を使うこととし、リトルレオナルドのタイマー式の自動切り離し装置をもとに、リモコン式の切り離し装置を作ってもらった。浮力体にロガーと切り離し装置の受信器を組み込み、オットセイの毛皮には台座となるプレートを接着した。切り離し部のついたケーブルタイで浮力体とプレートをとめた。発信器から切り離すコマンドをおくると、ケーブルタイがきれて、浮力体が動物から離れる仕組みだ。

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2006年6月、ダミーのロガーを含む浮力体をオットセイに装着し、5日後に採餌からもどったところで、約100m離れたところから切り離し装置を作動させた。切り離し装置が作動したときの爆発音で、すべてのオットセイは大あわてで海に入り、浮力体だけが海岸に残されていた。今は本当の加速度ロガーでデータがとれた!という連絡を首を長くして待っているところである。オーストラリアオットセイはバス海峡の海の底で、ほとんど動かずにじっとしていることが多い。近い将来、カメラロガーも使って、彼らが海の底で何をしているのかを明らかにしたいと考えている。
もっと詳しく(英語バージョン)

姫島のアサギマダラ

2006年7月5日 報告者 荒井修亮(京大院情報)

http://bg66.soc.i.kyoto-u.ac.jp/biologging/wiki_image/arai/060705/Himeshima060704_0095.MOV Movie: アサギマダラの飛翔 (姫島)

 大分県の国東半島から海上約6kmに浮かぶ離島、姫島にアサギマダラの休息地があります。

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写真1 羽にマーキングされたアサギマダラ

 2006年7月4日、姫島出張の機会にその休息地を見学しました。姫島役場産業課発刊の「ひめしま」によると「アサギマダラの休息地 アサギマダラは本州を北限に主に中国南部や東南アジアに生息し、長距離移動する大型チョウ。アサギマダラが好む希少なスナビキソウが自生している姫島に毎年五月初めに飛来し始め、二十日頃最盛期を迎え、六月初旬に飛び立つ。」とあります。最盛期は過ぎていましたが、幸運なことに三匹のアサギマダラを見ることが出来ました。

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写真2 村長の説明。姫島は長距離移動の中継地点らしい

石垣島でタイマイを追いかける

2006年7月2日 報告者 片岡健吾(京大院情報)

http://bg66.soc.i.kyoto-u.ac.jp/biologging/wiki_image/arai/060627/Ishigaki060627_0050.wmv Movie: 電波テレメトリー (石垣)

2006年6月23日から7月1日、南西諸島の最南端、石垣島浦底湾において、天然海域で捕獲されたタイマイを放流した後に、彼らの生息海域である捕獲地点への回帰行動を行うか否かなど、回帰行動の解明に焦点をあてた調査を行った。沖縄県の特別採捕許可の下で漁業者によって捕獲された4個体のタイマイを用いた。タイマイには水温・水深データロガー(Star-Oddi社製)を装着した。データロガーの回収は二通りの方法を実施した。タイマーによってデータロガーとともに装着した浮力体を切り離して回収する方法、並びに(図1)電波及び超音波発信機の信号をたよりに直接、タイマイを再捕する方法である(図2)。

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図1 浮力体を装着したタイマイ

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図2 データロガー、電波及び超音波発信機を甲羅に直接装着したタイマイ

両手法ともロガーと一緒に電波発信機と超音波発信機が装着されており、放流日から回収日までの間、呼吸時に水面上に発信される電波をたよりに追跡を行った。石垣島内の高台を見つけてはアンテナを開き電波を待った。平均30分間に15秒程度の信号しか受信できないため、タイマイの居場所の特定は困難極まりないものだった。(図3)

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図3 石垣島最北端の平久保灯台でのタイマイの電波探索の様子

 残念ながらタイマイ2個体に装着された切り離し装置は切り離し前になんらかの理由でタイマイから外れたらしく、一つは黒潮にのって回収不可能な海域に、もう一つは水中でリーフに引っかかっているところを偶然、回収された。  陸上からの追跡によりタイマイの大方の位置を推定した後、海上においてタイマイの再捕を試みた。西海区水産研究所の調査船「ひるぎ」で、電波発及び超音波発信機の信号をたよりにタイマイを捜索した。捜索最終段階においてはダイバーが水中でダイバー用超音波受信機(Vemco社製、VUR96)を用いて、タイマイの正確な位置を特定し再捕を試みたものの、あと1mというところで逃してしまった。調査はまだ続いている、夢のタイマイ再捕が期待される。(図4)

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図4 ダイバー用超音波受信機による水中でのカメの超音波探索の様子

メコン川でメコンオオナマズを追いかける

2006年6月29日 報告者 三田村 啓理(京大院情報)

メコン川は4,000km以上の長さをもつ国際河川で、中国雲南省を源流としてミャンマー、ラオス、タイ、カンボジアそしてベトナムを通り海に至る。このメコン川にのみ生息するメコンオオナマズは、近年の流域開発や乱獲が原因で漁獲尾数が激減している。タイ国では、メコンオオナマズの保全・保護並びに持続的な食糧資源確保を目的に、これまで人工生産魚がメコン川へ放流されてきた。放流後の人工生産魚の生残率や行動圏などを把握するために、2001年よりタイ国水産局、近畿大学、京都大学が共同で人工生産されたメコンオオナマズのテレメトリー調査をおこなってきた。

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朝日に映えるナコンパノムのメコン川

これまでに合計28尾の人工生産魚に超音波発信機を装着して、タイ国東部の街ナコンパノムで放流をおこなった。放流直後は、タイ国海軍のボートに積み込んだ受信機(Vemco社製、VR100)で、縦横無尽に移動するメコンオオナマズを追跡した。その後は、放流地点から1,000km上流、300km下流までに合計7台の設置型受信機(Vemco社製、VR2)を設置して長期間モニタリングをおこなった。その結果、放流後のメコンオオナマズの水平・鉛直移動を最大で97日間モニタリングできた。

マングローブのクリークにゴマフエダイを追いかける

2006年6月16日 報告者 荒井修亮(京大院情報)

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図1.超音波発信機を埋め込んだゴマフエダイ

タイ国南部、アンダマン海側に位置するトラン県にラジャマンガラ工科大学の理学・水産技術学部の広大なキャンパスが広がっています。このキャンパス内のマングローブ林を流れるクリークでゴマフエダイのバイオテレメトリー調査を行いました。アジア工科大学の池島先生とラトビア共和国からの留学生マティス君との共同研究です。日本からは私、三田村博士(情報)及び博士課程の市川君が参加。6月5日から13日の日程で超音波発信機を用いた調査を行いました。

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図2.ゴムボートで追いかける

マングローブ林の中を流れるクリークはもちろんブラキッシュな水質環境ですが、潮汐によって流れる方向が逆転します。おそらく、そこに生息する魚類も潮汐に応じた移動・回遊を行っているのではないか、というのが今回の調査の仮説です。クリークの流域10カ所に設置型超音波受信機(Vemco社製 VR2)を10台設置、同じくVemco社製のコード化発信機V9を供試魚のゴマフエダイの腹腔内に埋め込み、追跡開始です。放流直後はゴムボートに積み込んだ受信機(Vemco社製 VR100)でIDを確認しながら追跡します。設置型受信機VR2は7月中旬まで設置予定ですが、予備的な結果から、供試魚のいくつかは放流地点から上流、下流へと移動していることが明らかとなりました。

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図3.両側は見事なマングローブ林

中国揚子江及びポーヤン湖におけるヨウスコウスナメリの回遊行動調査

2006年6月1日 報告者 木村里子(京都大学農学部)

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図1.中国科学院水生生物研究所で飼育されているヨウスコウスナメリ

スナメリはアジア沿岸海域に生息する体長1.6m前後の小型鯨類であるが、中国揚子江のスナメリ個体群は完全に淡水性である。このため特に、ヨウスコウスナメリという呼称で区別される(図1)。近年、ヨウスコウスナメリの個体数は著しく減少している。1991年には約2700頭と推定されたが、現在では2000頭を下回ると考えられている。揚子江流域は経済発展のさなかにあり、流域の開発によるヨウスコウスナメリ個体群への影響を懸念する声は大きい。希少な本種の保護に向けて、謎の多い彼らの行動生態を解明することは喫緊の課題となっている。

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図2.使用した音響データロガー(リトルレオナルド社製 W20-AS?) 図3.音響データロガーを調査船からポーヤン湖の観測定点に設置している様子。右端が本研究の日本側代表者の赤松友成博士

2006年4月27日から29日、揚子江本流とその付属湖であるポーヤン湖におけるヨウスコウスナメリの回遊行動を調べるために、音響データロガーを湖底に設置し(図2及び3)、音響観測門を構築した。この音響観測門によって、昼夜を問わず受信範囲内のヨウスコウスナメリが発する鳴音を録音することができる。実験の結果、24時間分の湖中の音を自動的に録音することができた。さらに、同時に行った目視調査によってヨウスコウスナメリは船舶の往来の多い水域には現れないこと、橋の袂を旋回すること、並びに午前中に活発に活動していることなどが推測できた。今後は音響観測門による録音時間を長期化し、ヨウスコウスナメリの回遊行動に見られる季節的なパターンを検証していきたい。

タイの無人島でアオウミガメ調査

2006年4月10日 報告者 安田十也 (京都大学大学院情報学研究科)

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加速度データロガーを装着したアオウミガメ(左)と調査メンバー(右)

多くのアオウミガメ個体群が、気温の高い季節にのみ産卵が行われるのに対して、タイ国フーヨン島では一年を通じてアオウミガメの産卵を観察することができる。2006年3月2日から17日までタイ国のフーヨン島においてアオウミガメの行動調査を行い、アオウミガメ雌成体5個体に加速度データロガーを装着した。そのうち4個体からデータロガーを回収することができた。  爬虫類の繁殖期は、低温という環境制約によって制限されるので、繁殖生態を正確に理解するためには、温度制約から解放された場所で研究することが望ましいと考えられている。ウミガメ類では、そのような場所での包括的なデータは殆ど無い。そのため、ウミガメ類の繁殖生態、特に温度以外の環境要因との関係についてはよく分かっていない部分が多い。その点で、フーヨン島で産卵する個体群は非常にやりがいのある研究対象である。いつでも産卵できる場所になると個体の産卵期はどうなるのか、雨季・乾季といったこの地域特有の環境変化に繁殖はどのような影響を受けているのか等、興味深いテーマは沢山ある。島ではタイ語しか使えなかったり、普段の生活では当たり前と思っているライフラインが整っていなかったりと、決して調査は楽ではないが、ここから謎の多いウミガメ類の新たな一面を覗くことができればと思っている。

2005年の野外活動レポート

タイの海でジュゴン調査

2005年3月10日 報告者 赤松友成? (独立行政法人水産総合研究センター水産工学研究所)

タイのマレーシア国境に近いアンダマン海側には、ジュゴンが密に生息する海域がある。京都大学、(株)システムインテック、水産工学研究所、(社)水産資源保護協会のグループは、プーケット海洋生物センターと協力して、2004年12月、この海でジュゴンの声を利用した行動観察を行った。 水中の音をステレオで録音できる装置AUSOMS-D?(Automatic Underwater SOund Monitoring System for Dugong)を、ジュゴンの餌場である海草の豊富な海域に10台設置した。ステレオ録音の特徴を生かして、鳴いたジュゴンの方位を特定し、多数の装置によるアレイを組むことで、鳴きながら移動するジュゴンの軌跡を計測できた。その結果、ジュゴンの餌場利用時間帯や進入経路、遊泳速度などが明らかになりつつある。また、声のプレイバック実験により、個体間通信用と考えられる鳴音の機能を探る予定である。

なお、この装置は動物に装着するわけではないがデータロガーの仲間で、約120時間の連続録音が可能である。回収したデータは総計1.2テラバイトに及び、解析は計算機を用いて行っている。ジュゴンは、呼吸のときに体の一部しか水面に姿を見せず、船からの目視観察がきわめて難しい。このため、沖縄本島周辺などの個体密度の低い海域では、本方式による長期連続観察が今後普及していく可能性がある。

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アンダマン海に設置されたAUSOMS-D?(左) プーケット海洋生物センターに保護されたジュゴンの赤ちゃん(右)

 2004年の野外活動レポート

バイカル湖でバイカルアザラシ行動調査

2004年2月10日 報告者 渡辺佑基 (東京大学海洋研究所)

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データロガーが取り付けられたバイカルアザラシ

2004年10月から11月の約1ヶ月間、ロシアのバイカル湖に滞在して調査を行った。バイカル湖は面積にして琵琶湖の64倍という広大な湖で、淡水に生息する珍しいアザラシ・バイカルアザラシがいる。私はバイカルアザラシの漁に参加して生きたアザラシを捕獲し、それにデータロガーを取り付けてその行動を調査した。  今回訪れたのが、コラボレックというバイカル湖東岸の小さな集落。最寄りのガソリンスタンドまで車で片道3時間というとんでもない僻地だ。ここはロシア国内でありながらブリャート自治共和国に属し、地理的にはモンゴルに近く、そこに住む人々は日本人にそっくりな顔をしている(だけどロシア語を話す)。この集落で毎年10月後半、毛皮を目的としたバイカルアザラシ漁が行われている。

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滞在した集落コラボレック(左)と凍り始めたバイカル湖(右) 11月上旬

バイカルアザラシは希少動物ではない。バイカル湖全域に推定9万頭のバイカルアザラシが生息し、毎年3千頭の商業的捕獲がロシア政府により許可されている。コラボレックでは役人の監視の下、許可された範囲内でアザラシ漁が行われていた。  アザラシは刺し網というシンプルな漁法で獲られる。深さ10メートルの湾の底に高さ3メートルの網を沈めておくと、アザラシが突っ込んできて絡みとられる。肺呼吸動物であるアザラシは網にかかった後約一時間で溺死するため、網にかかって上がってくるアザラシはほとんど全て死亡している。  運良く生きたまま上がってきたアザラシに、行動記録用のデータロガーをタイマー式切り離し装置とともに取り付け、バイカル湖に放した。24時間後に切り離し装置が作動してデータロガーを動物の体から切り離した。湖に浮かぶデータロガーを電波で探し出し、回収してデータを得た。たった一個体ではあるが貴重なデータが得られた。

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網にかかって次々と上がってくるバイカルアザラシ

長崎県対馬でツシマヤマネコの行動観察

2004年12月1日 報告者 渡辺伸一(琉球大学大学院理工学研究科 COE研究員)

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加速度データロガーを装着したツシマヤマネコ

対馬は九州本土から132 km、韓国まで50 kmという国境に位置する島である。そこには島固有の動植物が多く生息しており、小型のネコ類であるツシマヤマネコPrionailurus bengalensis euptiluraもまたそのひとつである。生息頭数が70−90頭と少なく、国指定天然記念物・国内希少野生動植物種に指定され絶滅が危惧されている。ツシマヤマネコの生態研究およびその保護を目的として、電波発信機を用いたテレメトリー調査がこれまで広く行われてきた。  テレメトリー調査では利用している環境を把握することができる。しかし、それぞれの場所で「何をしているか」については推測の域を出ないため、将来的にはさらに他の方法を導入することが必要となる。 そこで、私はヤマネコの行動をより詳細に記述する手法として加速度記録計を用いた行動解析を考えた。今回は、その前段階として、加速度記録計がツシマヤマネコの行動分析を行う上で、応用可能であるかを検証するため、飼育中のツシマヤマネコを用いた観察実験を行った。  2004年10月、環境省対馬野生生物保護センター(http://twcc.cool.ne.jp)にご協力いただき、同センターで飼育中のツシマヤマネコ(成獣・メス)に加速度データロガーを装着してその行動を観察する実験を行った。観察個体は同センター職員のご協力のもとで捕獲し、加速度記録計を取り付けた首輪を装着した。  ヤマネコの観察は約4日間行い、加速度を記録中の行動を飼育ケージ(17 m2)に備え付けられた3台のカメラを通じてモニターした。観察中、ヤマネコは取り付けられた首輪を気にする様子もなく、ヤマネコの主要な行動(餌を食べる、水を飲む、歩く、毛繕いをするなど)をみることができた。  観察終了後、再度ヤマネコを捕獲して首輪を取り外し、加速度データを得ることができた。今回得られた結果をもとに、観察されたヤマネコの行動を加速度データから判別する技術を開発し、将来的には野外のヤマネコの行動解析を行いたいと考えている。

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調査地の風景と電波発信機を装着したツシマヤマネコ

飼育実験の後、琉球大学理学部生態学研究室が実施するツシマヤマネコの捕獲調査に同行した。今回は、2つの調査地で2晩捕獲を行い、計3個体のヤマネコを捕獲することができた。捕獲したヤマネコには電波発信機を装着して放逐し、同研究室の学生たちによって利用場所や行動範囲が調査されている。今後、加速度記録計も装着して野外のヤマネコの行動をより詳細に分析したいものである。

ベーリング海プリビロフ諸島でウミガラスの生態を探る

2004年9月4日 報告者 高橋晃周? (北海道大学水産科学研究科 日本学術振興会特別研究員)

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崖の岩棚で繁殖するハシブトウミガラス

 アラスカとロシアの間に広がるベーリング海。このベーリング海に浮かぶプリビロフ諸島が今回の私たち(北海道大学水産科学研究科:綿貫豊・松本経・高橋)の野外調査の舞台となった。ベーリング海は昔からタラやサケ・マス、ハリバットといった海洋生物の豊富な海として知られてきた。海鳥やオットセイなどの捕食者の数も北太平洋で随一の海であるとされてきた。  ところが1980年代後半から、ベーリング海にも「異変」が起きているという。漁業資源は減少し、海鳥やオットセイ、トドといった海生哺乳類の数も激減している。こういった「異変」をもたらしている海洋生態系の変動プロセスを探ることを目標に、今回、データロガーをもちいて、ハシブトウミガラスの採餌行動の調査をおこなった。 アラスカ大学フェアバンクス校(Mike Shultz、Sasha Kitaysky)、カリフォルニア大学アーバイン校(George Hunt)との共同研究として調査が進められた。

 ベーリング海の濃霧によって、我々をアンカレッジからセントジョージ島に運ぶ飛行機が1週間もおくれるなど、野外調査につきもののハプニングもあったが、約3週間の調査でハシブトウミガラス12個体から行動データを得ることができた。予備的な解析からは、ウミガラスが80-100m近くベーリング海の海底にまで潜水して採餌を行っていることなど、すでに興味深い新知見が得られている。今後のデータ解析が楽しみである。

南極でキャンプしながらアザラシ調査

2004年9月4日 報告者 渡辺佑基(東京大学海洋研究所)

2003年11月から2004年1月までの2ヶ月間、ドイツの調査船Polarsternによる南極調査航海に参加した。12月5日に船は南極大陸の北西の端、海氷に覆われたドレッシャー湾に到着した。ドレッシャー湾は広さ約50平方キロ、これは東京・山手線の内側の面積の70%に相当する。そこにウェッデルアザラシ500頭、エンペラーペンギン15000羽が繁殖している。私を含めて5人のアザラシ調査チームは船を降りて上陸し、一ヶ月間この湾に滞在してアザラシの調査を行った。

ドレッシャー湾ではイーグルと呼ばれるドーム状の物体に寝泊りした。発電機で電気を作り、雪を溶かして水を作った。食事はレトルトや缶詰が中心で、穴を掘っただけのトイレに用を足し、シャワーも一ヶ月間浴びられなかったが酒だけは十分にあった。

データロガーをアザラシに取り付け、回収して潜水深度・遊泳速度等の行動データを読み取る作業を繰り返した。天敵がいない南極のアザラシは警戒心が弱く、ゴロゴロと昼寝をしていて我々が近づいても気付かない場合が多い。そのため機器の取り付けは比較的容易にできた。 アザラシが水中への入り口として利用するクラック(氷の割れ目)は日々変化し、吹雪でふさがったり逆に温暖な天候で急に広がったりする。それに合わせてアザラシはクラックからクラックへ頻繁に移動するため、機器を取り付けたアザラシもすぐにどこかへ行ってしまう。しかし、スノーモービルで湾を一周すればだいたい目的のアザラシが見つかり、再捕獲してデータを得ることができた。

中国揚子江の三日月湖でイルカの野外調査

2004年8月25日 報告者 赤松友成?(独立行政法人水産総合研究センター 水産工学研究所)

 バイオロギング技術を用いた研究では、データロガーの動物への装着と回収の二つが、大きな難関である。この二つが比較的容易に行える帰巣性のある動物、たとえばペンギンなどには、早くからバイオロギング技術が応用されてきた。一方、イルカやクジラなどの鯨類は、バイオロギング技術が、新しい行動生態情報をもたらすと期待されるにもかかわらず、その応用は十分に進んでいない。その主な原因は、動物の捕獲と、データロガーの装着・回収の難しさにある。  上海から揚子江を約千km上ったところにある、中国湖北省の半自然保護区は、揚子江の本流から切断されてまだ30年も経っていない、馬蹄形の三日月湖である。この湖には、スナメリという小型のイルカが導入されており、人間に餌を与えられることなく、自然に繁殖している。ここでは、動物の捕獲とデータロガーの装着・回収のすべてを、比較的容易かつ安全に行うことができる。このため、バイオロギング手法を用いた実験場所として、適切である。

 スナメリの捕獲はとても難しい。基本的には追い込んで、網で囲んでつかまえるのだが、このとき網にからまる危険が伴うことは、鯨類の捕獲作業経験のある人なら容易に想像できる事態だ。ところが、波も流れもなく浅い半自然保護区では、漁師たちのスナメリの捕獲経験が豊富であることも手伝って、安全にスナメリを確保することができる。ほぼ毎年、中国科学院水生生物研究所が研究目的で捕獲作業を主導しているため、漁師の習熟度も高い。  捕獲には、18隻もの小型船を使う。湖の上流側から下流側へ追い込み、長さ1 kmの仕切網で湖を区切り、今度は下流側から追い込んで囲う。網を絞る最終段階では、人海戦術を使う。網のまわりに人を張り巡らし、絡んだらすぐに飛び込んでつかまえる準備ができている。以前、その捕獲の様子をつぶさに見ることができたが、非常に用意周到で、急がず、最後は背の立つ水深に漁師が飛び込んで、一頭ずつ捕獲した。

三貫島でオオミズナギドリの生態を調査

2004年8月10日 報告者 佐藤克文? (東京大学海洋研究所)

 これまで、山階鳥類研究所岡奈理子主任研究員らによる調査から、伊豆諸島の御蔵島のオオミズナギドリが、子育て期間中の餌採りのために、わざわざ片道1000km以上も離れた三陸地方や北海道東部海域を訪れている事がわかってきた。北の海に餌が豊富であることがその理由として予想されるが、体重600g以下の鳥にとって片道1000kmはあまりに遠い。一方、三陸地方にもオオミズナギドリ繁殖場がある。三陸地方のオオミズナギドリ(写真)は、楽に良い餌場までたどり着けているのだろうか?  筆者の所属する東京大学海洋研究所国際沿岸海洋研究センター、山階鳥類研究所、および北海道大学大学院水産科学研究科資源生産生態学講座の3機関共同研究を2004年より開始した。  第一回の調査は、去る5月25日から26日にかけて、釜石市両石湾に浮かぶ三貫島において実施された。この時は、コロニーの大まかな位置や植生などの調査がおこなわれた。その後、月1回のペースで予備調査が実施され、孵化予定の8月20日以降、データロガーを用いた調査や雛の体重測定など、本格的な調査を実施する予定。

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Last-modified: 2012-09-26 (水) 19:52:41 (1761d)